第20話
夜、私は西野山のバス停に居た。お母さんとお父さんには、友達と西野山に行くと伝えてある。夜に出かけるときはGPSをオンにしろと言われるし、いつもは言うことを聞いているけど、今日は途中でアプリを使って位置を偽装するつもりだ。申し訳ないとは思うけど、まさか御蔭山の心霊スポットに行ってくるなんて言えないしね。
途中からさなが乗ってきて、一緒に下車した。私達の他に、同じところで降りた人はいない。西野山の展望台に行くならここで降りるべきだけど、大人なら車で行くのが普通だし、明日は平日だ。誰が好き好んでこんな山に登るもんか。
人気の無い道を、さなと歩く。カエルや虫の鳴き声が聞こえてくる。辺りは田んぼが多い。だけど、山に登る予定の私達は比較的厚着をしている。あの辺はこの時期も少し肌寒いから。いつかの遊園地のときみたく、さなが薄着で来たらどうしようと思っていたから、かなりほっとした。
分かれ道に差し掛かり、私は脇道の方へと足を向けた。西野山の展望台に行くなら、真っ直ぐ進むべき道だ。
「え? そっちじゃなくない?」
さなはついてこようとしなかった。私は振り返って、カーディガンの裾をギュッと握っているさなに言う。
「私、魔法少女なんだ」
「……魔法少女さん、西野山はこっちだよ」
一瞬考える素振りを見せたさなだったけど、彼女は少し黙ってそう言った。
そうか、今日は乗ってくるパターンだったか。これまで、一度も被っていない反応に感心しつつ、私は早々と変身してみせた。
「魔法少女、ドカドカバキン!」
「は!? っていうかその名前なに!? もっとなんかなかったの!?」
「私だってなりたくてなったんじゃないよ!」
変身を目の当たりにしたさなは、コスチュームの変化よりも、魔法少女名の方にツッコミをいれた。至極当然のリアクションだと思う。変だもん、この名前。
私はさなに声を掛けて、抱きかかえる。彼女はされるがまま、私の首に腕を回した。懐かしい感じがする、なんて言いながら。
「えぇと……?」
「リカ! やっぱりこの先に、ハートを抱えた建物があるわ!」
「うわ!? なにこれ!?」
胸ポケットに入っていたウガツがひょこっと顔を出すと、さなはまじまじとそれを眺めた。こっちの方の反応は毎度似たり寄ったりだな、なんて思いながら、私は意識を集中させて、山の頂きを目指して飛んだ。
跳躍ではない、私が今しているのは完全に飛行だ。軽々と体を抱きかかえられ、さらにびゅうびゅうと風を受けながら、木々が生い茂る山を見下ろしている。さなは夢でも見ているかのような表情で声を上げた。
「えーーー! すごーーーい!」
「さな、到着する前に、一つだけ言っておく」
「なになに?」
「これから私は、ある場所に行く」
軽く濁して伝えてみた。しかし、たったそれだけで、さっきまでのはしゃぎようが嘘のように、さなの表情が強ばる。御蔭山に何があるのか、さなも知っていたようだ。
取り乱して暴れたりしないように腕に力を込め、さなにも暴れないよう強く言い聞かせてから、私は経緯を説明した。
私が魔法少女になって何をしているのかも、これまで何をしてきたのかも、さなをどのように利用してきたのかも。前回まで軽蔑されなかったからといって、今回もそうとは限らない。さなの記憶を消していると説明するとき、私はいつも不安になっていた。今回もそう。だけど、それは杞憂だったらしい。
「それはいいけど、廃病院に行くのはイヤーーー!」
そう、私達はこれから廃病院に行く。作りもののアトラクションなんかじゃない、ガチのやつ。
「暴れないでって!」
「やだ! 帰る! 怖いもん!」
「分かるけど!」
さなの気持ちは分かる。お化け屋敷のときも怖かったけど、今回はそういうレベルじゃない。今でもぎゅんぎゅん伝わってくる怨念には、さすがの私もただならぬものだって感じているんだ。だけど、やらなきゃ。
魔法少女としての使命感とかは全くない。単純に、ウガツがうるさいから。
「ねぇ! 廃墟だよ!? 心霊スポットだよ!?」
「そうだけど……ウガツを庇う訳じゃないけど、心霊スポットってことは、定期的にそこを訪れる人がいるってことでしょ。解決しないと、その人達が危ないじゃん」
「面白がってそんなところに行く人達を救う必要ってある?」
「正直無い気がする」
うん、そう。それはそう。
だけど、分かってて放置するのも夢見が悪いし。いや、悪いかな。頑張ればその辺も割り切れそうな気がしてくるけど。だけどやらなきゃ。どうにかできるの、私だけだし。これまでの経験上、死んだりすることはないだろうし。
魔法少女業に少しばかり慣れてきた私は、舐めていたことをすぐに後悔することになるのだった。
***
「うわ……もう怖い……なんか飛んでる……こうもり?」
病院の前に降り立った私達は、廃病院を見上げていた。高さはそんなに無いけど、かなり大きいのが一目見て分かる。奥行きもすごい、この中を駆けずり回ってハートと向き合わなきゃいけないとなると、相当骨が折れそうだ。
ここは昭和の時代に既に閉鎖された病院らしいけど、当時は多くの患者を受け持っていた基幹医療施設だったらしい。街の中心部に新しい病院が出来てから経営が傾いて、アクセスの悪いこの土地ごと忘れ去られてしまったようだけど。
心霊スポットとなったのも、その経緯が関係している。この中で、当時の医院長が自殺したんだとか。これは噂などではなく、新聞の記事にもなっている事実だ。要するに、この病院がハートを抱える理由はいくつもある。それも、それぞれが結構重い。軽く調べただけなのに、様々な噂や記事が出てきたくらいだから、私が知ってるのはその一部なんだろう。
だけど、それを改めてさなに説明したりはしない。そんなことしたら声か尿を漏らされそうだから。前者だったらいいけど、後者だったらちょっとキツい。
「ねぇ、ホントにここに入るの?」
「うん、大丈夫。さすがに殺されたりはしないだろうし」
「立ち去れ……入ったら殺す……」
「あの、殺すって、言ってるんだけど」
「だね」
建物から響いてきた声があまりにも不穏だった為、私達は踵を返した。だって殺されたくないし。そうすると納得出来ない奴が一人出てくる。ウガツだ。
「だめだめ! 怖いのは分かるけど! 帰ろうとしないで!」
「やだよ。殺すなんて言われたの生まれて初めてなんですけど」
「もう! リカ! 武器を出して!」
「えっ……?」
ハートに冒された建物と対峙するとき、ウガツはいつも道具を出せ、と言っていた。初回なんて、武器と呼んだものをわざわざ道具と訂正していたし。一定のこだわりのような姿勢を見せている。
そのウガツが今、明確に武器と言った。私はその些細な言い回しの違いを見逃さなかった。
「……いま、武器って言った?」
「……そう、武器よ。今回のハートは人間に対する悪意、敵意、憎しみ。そんな感情と対抗するためには、武器が要るわ」
不穏な流れに、さなも押し黙る。これまでだってふざけたりはしていなかったつもりだけど、いつもより真剣に取り組まなければ。普段は結構適当なウガツがそんなことを言うから、ちょっと緊張してきた。しばらく沈黙して、そして私はやっと決心した。
「分かった、やってみる」
武器なんて一度も呼び出したことが無かったけど、不思議とどうすればいいのかが分かってしまう。私は両手に意識を集中させ、力を解き放った。
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