第21話
キラキラと光に包まれながら両手に現れたのは、重機を連想させるようなナックルだった。拳だけを覆うようなものではない、肘まである。これなら何かあったときに防御にも使えそうだ。本気を出せば出すほど一般的な魔法少女のイメージから遠のいていく気がするけど、今さら可愛いアイテムが出てきても困るから、これでいい。
「おぉー……」
「ガントレット……なるほど、リカにはピッタリの武器ね!」
私は手を握ったり振ったりして、感覚を確かめていく。黒と黄色が基調のデザインで、とにかくゴツい。このまま腕を振って歩いたら、腰や太ももに大ダメージを負いそうだ。だけど、何故か重さだけは一切感じない。身体にぶつけることだけには気を付けて、肘から先が二回りほど大きくなったと思って動くことにしよう。
武器の調子を確認している間、さなは「かっこいいね」とか「それなら戦えるね」なんて声を掛けてくれた。きっと彼女は今回も私の後ろで応援してくれるつもりでいるのだろう。そんな彼女に、私は初めてあることを口にした。
「さなはここで待っていて」
「えっ……でも」
嘘だよね? って、さなの目がそう言ってた。
「聞いていたでしょ。今回のハートは、ヤバい。さなに、もしものことがあったら……私は……」
「嫌だよ! リカちゃん!」
私はナックルがさなを傷付けないように、優しく抱き寄せる。体重なんてないみたいに、さなは私の鎖骨に額を当てるようにくっついた。
「さな……」
「こんなところに置き去りにされるってそれはそれでめっちゃ怖いじゃん」
「あー、ね」
反論の余地もないような正論を叩きつけられて、思わず同意してしまった。私だって、さなの立場ならこんなところに一人で居たくないわ。心霊スポットとかを抜きにしても、普通に遭難出来そうだし。既にそれなりに危険だよ。
私はさなから離れ、胸ポケットからウガツを乱雑に取り出すと彼女に渡した。さなはウガツを受け取り、本当に置いていかれるんだと表情を濁らせる。
「ウガツ、駅でやったときのような結界、また張れる?」
「やってみるわ! でも、いいの?」
「いいも悪いも、やるしかないんでしょ。帰っていいならすぐに帰るけど」
「行ってきて」
多分、ウガツは自分もついていかなくていいのか、と問いかけたつもりなんだろうけど。私は戦いに行くこと自体を問われた、ということにして返事をした。「うん、危ないから帰ろっか」って言ってもらえたらいいなぁって、一縷の望みをかけたつもりだったんだけど、やっぱ駄目だったね。
私は病院の入口に一歩踏み出す。背後にいる二人に、振り返らないまま告げた。
「最終バスに間に合わなくなる時間まで私が戻らなかったら帰っていいから」
「リカちゃん、そういうの、言わないで」
「言わなきゃ。さなが困るでしょ」
「困んないし! いつまでだってリカちゃんのこと待っていたい……!」
「さな」
振り返って彼女の名前を呼ぶ。怒るでも、微笑むでもなく、じっと彼女の目を見つめた。私は動かない。さなも、今にも泣きそうな顔をして、だけど声を発しなかった。尚も淡々と見つめ続ける。すると、さなは止めていたらしい息を吐いて、視線を落とした。
「……分かった。でも、帰ってきてくれないと、怒るから」
「うん」
私は、ノリで彼女にキスをしそうになって踏み留まった。犯罪だから。やっていいことと悪いことがある。なんか、なんとなくしても良さそうな空気を感じてしまったというか、むしろすべきという感じがしたというか。
自分の不可解な行動に驚きながらも、それを顔に出したりはしない。私はようやく入口に向かって歩き出す。ハートという感情が……今回に限っては敵が、私を待っているから。
その病院は入口から既に荒廃していた。大きな出入口はボロボロになり、ドアすらない。扉が付いていたであろう枠だけ辛うじて残り、壁の至るところにヒビが入っていた。ハートに冒されていなかったとしても、ここは危険だ。倒壊の危険があるということで、立ち入り禁止になってもおかしくない建物だと思った。
だけど、私は立ち止まらない。ズンズンと中を進んで、気配の濃い方へと歩いて行く。
「どこにいるの? とっとと終わらせようよ」
見えない何かに語りかける自分の声だけが虚しく響く。カラッと何かが崩れる音が聞こえて振り返ると、かつて患者を乗せていたであろうベッドが、こちらに向かって飛んできていた。
「大した歓迎だねっ……!」
私は一歩も引かない。飛んできたベッドに拳を合わせ、それを粉砕する。そして威嚇するように、すぐ近くにあった脆そうな壁を殴りつけ、穴を開けた。
「これで終わり!? まだあるんでしょ! 早くしなさいよ!」
虚勢と共に、出来るだけ大きい声を張り上げる。外で待っているさなに、私の声が聞こえるように。私は元気で、しっかりと戦っているって、知らせたかった。
直後、診察室らしきところから、丸椅子やデスクなどが飛んでくる。私はそれらを破壊し、さらに奥へと進んだ。崩れてもおかしくないような床の上を両足で移動する。慎重かつ速やかに、次に足を置いても大丈夫そうなところを選んで、床を蹴って、それを繰り返す。
一階の突き当たり、両開きのドアが付いている部屋がある。中を見るまでもない、私はそこが何かを既に知っていた。ドアの上に、手術室って書いてあったから。大きな戦闘の気配を感じる。私は少し乱れた呼吸を整えながら、つかつかと歩み寄る。すると、手を掛ける前に、扉は勝手に開いた。
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