4章
第19話
あれから、私は何度かさなを連れて魔法少女の仕事をこなした。かつて栄えたというお寺では修行僧のような真似をさせられて、十回くらい平たい棒で肩を叩かれた。おかげで、あのお寺は昔みたいな修行ができる施設として、一定の需要を取り戻したらしい。この間テレビで観た。
市役所にも行った。あそこは大変だった。なにせ、ハートの正体がマンネリ化した業務を粛々とこなす職員を労ってやれないのが辛い、というものだったから。元々ハートを抱える建物は悪者じゃない。だけど、それにしても市役所は優しい心の持ち主だった。
あのときは、さながいてくれて助かった。さなの提案のおかげで、マッサージチェアを置いてみたり、使われていない空間を銭湯にしたりした。私一人じゃそんな発想には至らなかったと思う。お給料もらってるんだし、頑張って働いてるのは市役所の職員だけじゃないんだから、そんなこと言ったら全部の会社につけてあげないとじゃん、なんて思ったりしたくらいだから。だけど、生まれ変わった市役所はそこを一般公開しつつ、職員は無料で、市民は格安で利用できるようにして、上手くやりくりしているらしい。変わった作りをした市役所ということで、話題になっているんだとか。
そういえば、この間、遊園地のお化け屋敷もテレビで観た。全国の最恐お化け屋敷ランキングとやらで、見事に一位を獲得していた。SNSでの反響がすごかったらしい。
自分のやったことがこんな風に、その建物や街を活性化させることに繋がるなんて、考えてもいなかった。悪い気はしない。だけど、できれば魔法少女を辞めたいという私の気持ちは変わらなかった。
そして今、私はそんな気持ちを改めて強く感じている。授業中にも関わらず、ウガツが念を飛ばしてくるからだ。
――ねぇってば! リカ! 聞いてるの!?
――うーるさいな。聞いてるよ。急げったって、授業抜け出せっての?
――だからそう言ってるでしょ! こんな強いハートを感じるのはここに来て初めてなの! 何かとんでもないことが起こってるわ!
ウガツが言うには、西の山の方からその強い思念は飛んでくるらしい。それが助けを求めるようなものではなく、怨念のような、嫌な気配なんだとか。
彼女の言うことは、実は私も感じている。というよりも、このところずっとどんよりした気配の正体をウガツに教えられたような格好だ。だから、山の話を聞いたとき、私は心のどこかで納得した。
それでも私は動かなかった。結局授業を通常通りこなし、放課後を迎えて、ようやくどうしようか考え始めた。
――リカの、ばか……
――あのね、私だって何も考えなしにそう言ってるんじゃないよ
――どういうこと?
――建物でしょ。どこかに移動したりは出来ないんだから、焦る必要なんてないでしょ
――だけど……このハートはただ事じゃないわ
――それは分かるけど……あそこは展望台くらいしかないし、ネットで調べたら異常はなさそうだった。隣にもう一つ山はあるけど、あっちは心霊スポットくらいしかないよ
ウガツにそう言いながら、はたと気付いた。心霊スポットって……なんだったっけ。トンネル? それとも墓地? 何があるんだっけ。
荷物をまとめると、私はウガツを胸ポケットにしまい込んで教室を出た。んぎゅうなんて声が聞こえてくるけど、無視。周りに気付かれるような声じゃない限り、ウガツには多少我慢してもらう。恨むんだったら可愛くないマスコットとして生を受けた己を恨め。
隣の教室に入ると、さなの席を見た。彼女はクラスメートと談笑していて、私を見つけたクラスメートは「彼女がお迎えに来たよ」なんて言って茶化していた。
私とさなはそんな関係じゃない。だけど、事あるごとにさなを強引に連れ出したり、みんなの前で「さなは私とだけ一緒にいればいい」なんてワガママを宣ったりしたせいで、いつの間にか生徒公認の仲になってしまっていた。いっそそういうことにしておいた方が動きやすいか、と判断した私と、何故か否定しないさながいて、なし崩し的にそういうことになっている。まぁ、さなは自分でもなんでか分からないまま、何故か私に惹かれてる状態だし、あえて否定する必要が無いだけかもしれないけど。
「さな、一緒に帰れる?」
「う、うん! また明日ね!」
さなは私が一声かけると、すぐにクラスメートに別れを告げて駆け寄った。さなの友達も、生ぬるい視線をこちらに向けて、お幸せにーなんて言っている。得意の曖昧な笑みをお見舞いしてから、さなの教室を後にする。
学校を出て二人きりになると、ようやく私は切り出した。
「今日、夜、会いたいんだけど」
「……いいけど、どこ行くの?」
「え? えーと……」
心霊スポットに行くなんて言ったら、多分さなは泣く。泣かないとしたらキレる。お化け屋敷であの状態だったんだ。怖がらない訳がない。私は赤信号が青に変わるまで言葉を探して、歩き出すと共にこう言った。
「えっと、夜景? 一緒に見たいなぁ……って」
「……なんか、デートみたいだね」
「え、あ、あぁ。そうかも」
「最近、あたしらのこと、みんなが面白おかしく話してるでしょ」
「あぁうん。知ってる」
「リカちゃんって、あたしのこと好きなの?」
「へっ……?」
私がさなのことを好いてるんじゃなくて、さなが私を好きなんじゃ? さなの指摘に驚いていると、さなは補足するように続けた。
「だって、できるだけ一緒に居てほしいとか言うし。理由を聞いてもはぐらかすし」
「えっと……」
「あ、いや、いいんだけどね。ただ、ちょっと気になったから」
毎回、さなの記憶は消している。極悪非道すぎると思われるかもしれないけど、待って欲しい。これは事情を知った彼女が望んだことでもある。とはいえ、やっぱりこう何度も続くと申し訳無さが募ってくるし、傍目に見ても私達の関係はちょっと異様だろう。
最近は頭の片隅で、次はさなの記憶を消すの辞めようかな、と考えることがある。さなはいつだって、私の味方で居続けてくれた。怖いからと言って逃げ出したことなんて一度も無い。信頼に値する人物だ。きっと、事情を知ったからと言って、誰かに言いふらしたりはしないだろう。その心配はもう全くしていない。私の懸念事項は、知らない人に魔法少女であることを告げなければならない、という変身の条件の満たし方のみである。
これからは私のことを全く知らない人に、魔法少女であることを告げることも視野に入れている。だけど、そうすれば、二人きりで秘密を共有していた私達の関係が変わってしまう可能性がある。私は、それが怖い。
「待ち合わせ場所、どこにしよっか?」
「あぁ、えっと、
「分かった。あそこの展望台、久々に行くなー」
さなは呑気に笑っている。西野山というのは展望台がある観光スポットだ。だけど、私達が行くのはそこじゃない。心霊スポットのある
御蔭山と西野山は隣り合っていて、誰も御蔭山の方には行かない。騙すのは気が引けるけど、今更だし。これはさなのための嘘でもある。自分にそう言い聞かせて、私は交差点でさなと別れた。
***
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