第12話
「君も飲む?」
「え?」
「水か、お茶か、あー…と、牛乳くらいしかないけど」
微動だにしなかった瞳がぱちりと瞬く。僕は手にしたペットボトルを彼女にも見えるように持ち上げた。するとようやく彼女が静かな声で「水」と答えた。足りないグラスを食器棚から補う。
「氷は?」
「いらないです」
「分かった」
涼しげなグラスに水を注げば、揺れた水面がたぷんと跳ねる。冷蔵庫で眠っていた水は氷が無くてもひんやりと冷たく、外気との温度差に滲んだ水滴が指を濡らす。
一方のグラスへ口づけながらもう一方のグラスを差し出せば、立ち尽くしたままの彼女は「ありがとうございます」と言って、抑揚のない声でグラスを受け取った。
相変わらず何を考えているのか分からない瞳が僕を見上げ、やがて手にしたグラスへ目線を落とす。そのまま喉を潤した彼女は美味しいとも何も言わなかった。差し出されたから飲んだだけ。
有無を聞いたのは僕だが、こんなにも無反応だとやはり面白くはない。部屋に上げてしまった手前、緊張を解そうとした自分が何だかアホらしくなってくる。
だいたい、こんな夜更けに赤の他人と向かい合ってること自体おかしいのだ。しかも人様の玄関に座り込んでいた彼女は僕と面識がないのに、僕を知っていると言う。
冷静に考えても頭を抱えたくなる話だった。隣人の視線から逃れるためとはいえ、そんな素性も知らない他人を招き入れたのはやっぱり間違いだったのかもしれない。
――…まったく、碌な反応も返さない他人をどうもてなせばいいというのか。持て余した時間に耐え切れず、さっさと寝てしまうにも一人放置するわけにもいかない。
シャワーは?着替えは?そもそも彼女は初対面の男の部屋で睡眠を得るつもりなのだろうか。何の躊躇いもなく靴を脱いだ彼女の危機感を、今さらながら疑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます