第87話

「いつまで、持っておくつもりなんだよ…ってね。」



息の上がる中、蝶は自嘲気味に愚痴を零した。



懐に感じる僅かな重たさ。



走る足音に合わせて、カラン…ッと音が鳴る。



…今持っている苦無は全て山崎に渡すつもりだった。



それなのに、どうしても渡せなかった、最後の一本。



花の文様が入った、あの苦無。



それが、懐でその存在を主張している。



『知人に貰ったんだ。』



その言葉を聞いた時の山崎の顔は、明らかに疑っていた。



これに執着し続ければ、その疑いはいずれ確信になってしまう。



これとの繋がりは危険なのだ、と分かっているのに。



「…女々しい奴。」



どんなに自分を罵っても、その鳴る音に安心感を覚えている自分がいるのもまた事実。



これが、捨て切れない思い、とでも言うのだろうか。



「…いや、護身用だ。何かあったら、すぐ使えるように。」



言い聞かせるように零すと、僅かに頭に残る罪悪感が薄れた気がする。



…心に残る”何か”は、見ない振りをした。



「…くさい。」



走るうちに、京の街へ近づいてきたようだった。



煙たい匂いが辺りを取り巻く。



目の前が黒く霞み始め、パチパチ…ッと微かに不気味な音が聞こえる。



自然と、蝶の足はその速さを増した。

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