ジェフ二十歳の優雅な夏休み

九月ソナタ

アマンダの息子


 今はロンドンに住んでいる友人のアマンダが、感謝祭の頃、一時帰国したので、久しぶりにお茶をした。

「どんな夏だった?」

 と私が訊いた。

「それが、死ぬ思いだったの」

 そういうアマンダは、なにかやつれた感じがする。

「何があったの?」

「夏休みに、ジェフが友達と旅行に行って……」


 アマンダは高齢婚の上、子供がなかなかできず、諦めた時にジェフを授かった。ジェフは神からの贈り物なのだった。

 子供の頃はブロンドのふさふさ髪で、ディズニー映画の子役のようだった。彼はかなり遅くまでサンタクロースを信じ、イブにはサンタさんように、クッキーとミルクを用意していた。それを楽しんでいたアマンダ。

 レストランに行った時、ジェフが髪型の似ている女性を指さして、「マミー」と呼んだことがあった。その彼女がかなりの歳の人だったので、アマンダが泣き出した、そんなこともあった。

 そのジェフが今年、二十歳になった。


 あの小さかったジェフが、歴史を訪ねて旅をするようになったのかと「時の流れを感じたけれど、アマンダはなぜ「死ぬ思い」をしたのだろうか。


「息子を友達と旅にだすのが、そんなに心配?」

「違うのよ、聞いてちょうだいよ」

 とちょっと涙目。


 ジェフは、夏に男友達三人と、旅行に出かけた。行先はクロアチアとウィーン。その旅の目的は歴史でも、美術でもない。そういう年になったのだ。いいことだと思ったら、旅の目的はそうではなかった。

彼らが目指したのは、コンサート、ディスコ、クラブ。


「よく許したわね」

「ほかに、チョイスがある?」


 彼らはまずドウブロブニクへ行き、あるクラブへ。そこでは、飲酒年齢制限があり、入口で身分証明書を見せなければならなかった。ジェフはちゃんとパスポートを用意していったが、バッグを持参しなかったから、それを友達のバックパックに入れた。飲んで踊って楽しくやって、ホテルに戻って寝た。


 その友達は、クラブで知り合った女の子とビーチへ出かけた。彼の説明によると、海がきれいすぎて、ふたりはビーチで寝ちゃったのだそうだ。しかし、寝ている時に、バックパックを盗まれた。その中には、財布、スマホ、パスポート、ジェフのパスポートもはいっていた。


 仕方がないので、翌日は大使館に出かけ、臨時のパスポートを発行してもらうことにした。友達はイギリスパスポートなので、すぐにできた。

 一方、ジェフはアメリカとカナダの二重国籍なのだが、その時は、カナダのパスポートを使っていたが、その日は「カナダの記念日」で、大使館はお休み。

 しかし、翌日にはみんなで、オーストリアに出発することになっている。

 それで、イギリスのアマンダに電話をして、アメリカのパスポートを「オーバーナイト宅配」で送ってほしいと頼んだ。


 パスポートは無事に届いて、ジェフは友達とウィーンへは行くことができた。

 そして、またクラブへ。

 楽しく踊っていたら、後ろから、誰かの手が伸びて、ジェフのネックレスが盗られてしまった。見回すけれど、誰が盗ったのか、わからない。


 アマンダにジェフから電話がはいった。

「ママ、いつかネックレスをプレゼントしてくれたよね。あれ、いくら」

「五百ドルくらいだったかしら」

「その領収書ある?」

 

 アマンダがこれをプレゼントしたのは数年前のことで、引っ越しもしているから、レシートはたぶんないだろう。

「探しておいて。旅行保険をかけてあるから、証拠があれば戻る」

 アマンダはクレジットカードに記録が残っているかもしれないと、家中の引き出しの中を引っ掻き回した。しかし、見つからない。


 さて、ジェフは友達とめざすコンサートへ。彼が観客がのりのりで踊っているところを映そうとしたら、誰かが背中を押して、スマホが人混みの中にダイブしていった。ここでスマホを探すのは、海の中の針を見つけるようにもので不可能。


「ママ、スマホがなくなった」

 とまた電話がきた。

「盗られたの?」

 前にも一度、盗られたことがあった。

「いや。いるかみたいにジャンプしていった」

 

 話は続いた。

 コンサートが終わり、入口で友達を待っていたのだが、姿が見つからない。しかし、彼はスマホがなくてはホテルの名前も覚えていないので、待つしかないのだ。

 二時まで待ったのだが、友達にも会えないし、周囲にも、人影がなくなった。


 ジェフが覚えているのは、ホテルの近くにマクドナルドがあったこと。タクシーを拾い、マクドナルド近くのホテルへと告げた。

 ウィーンには何軒のマクドナルドがあるのかは知らないが、ある所まで来ると、ホテルの前に、救急車が止まっていた。

 そこを見ると、玄関の前で、友達が三人、寝ていた。

「ここだ」

 とジェフが喜んだ。


 友達三人は帰りが遅かったので、ホテルのドアが閉まっていて、中にはいれないから、外で寝ていたのだった。ちょうど、病人が中から運ばれて、玄関のドアが開いたので、ジェフ達は中に入ることができた。


「入れてくれないなんて、どんなホテルなの」

 とアマンダは怒ってはみたが、そのおかげで、ジェフはホテルを見つけられたのだった。奇跡のような話だわ。

 

 もう勝手にしなさいと言いたいところだが、スマホがなくては連絡が途絶えるから、アマンダは新しいのをすぐに買って送ってやらねばならないと朝一番に店に走った。


 アップルで順番待ちをしていたら、

「ママ、見つかった」という電話。

 スマホを拾ってくれた人が連絡してくれて、無事に戻ったという。


 ネックレスの領収書がまだ見つかっていなかったが、旅行会社からアマンダに直接電話があった。数年前、旅行に行った時、ドバイの空港の免税店で買いましたと説明した。その状況説明だけで、後日、なんと全額五百ドルが戻ったのだった。


今回の事件については、ジェフはけろりとしているが、親は歳を取った。

しかし、ジェフが旅行保険をかけていたのはえらい。

だから、被害としては、金銭的にはパスポートの送料だけで、それも両親が出したから、ジェフに金銭的な損害はない。

ただ、アマンダの精神的打撃は大きかった。彼が無事に帰ってくるまでの日々、連絡がなければと心配し、連絡がはいればまたかとハラハラし、熟睡した夜はなかったそうだ。わかるわかる。


「でも、幸せ」

 とアマンダが笑いを作った顔で言った。

 神さまからいただいた子供は、アマンダと夫に、たくさんの幸せを運んできた。

「頭痛の種ももってきたけれどね」

 ほら、とアマンダが髪をかきあげて白髪を見せるのだった。


「私は子供の頃から教会に通っていて、キリストが十字架にかけられて殺されるなんて、どんなにか痛かったことだろうと思っていたわ。でも、今、思うのは、マリアがどんなに辛かったのだろうってこと。十字架にかかって、死んでいく息子を目の前で見ていたのだから」




              了

























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