第34話 「可視光線②」
複数の水球から放たれる高水圧の刃。
異常な破壊力の石銃。
エストラーダの苛烈な弾幕は近づくことを許さない。
それらの弾幕を、防御と回避に徹することで何とかしのいでいたが、攻めあぐねている内にエストラーダの傷は完全に治ってしまっていた。
戦闘中に傷を治すというのは……何というか少しずるくないだろうか?
回復術と戦闘を同時にこなすエストラーダの技術が優れている、という事は分かるが……納得がいかない。
ファルシネリいわく、回復術は体力をかなり消耗するらしい。
だから、これまでの攻撃に全く意味が無いということは無いかもしれないが、やっぱりちょっとずるいと思う。
いや。今はそんなことを考えている場合ではない。
戦力に差があるということは戦う前から分かっていたことだ。
自分に出来る事だけで何とかしなければならない。
つまり、彼を倒すには一度に決定的なダメージを与える必要があるということだ。
先ほどのように、打撲や骨折程度の傷は時間を稼がれて治療されてしまう。
しかし、彼の弾幕を抜け、こちらの攻撃が届く距離まで無傷で近づくのはほぼ不可能だろう。
あれをすべて躱しきる自信が無い。
無敵を使えばいいのかもしれないが……彼の固有魔術が分からない以上、先に切り札をみせるのはまずい気がする。
エストラーダの方も同じく「相手の固有は何か?」を考えているはず。
互いに探り合いの状況で、こちらの能力が先にばれるのは避けたい。
特に、一度無敵を使った後で再び能力を使用するためには数十秒間のインターバルを挟む必要があるという弱点。
これを知られるのはかなりマズイと思う。
アンセスやファルシネリが戦った相手の固有魔術も、初見では対応するのが難しい凶悪な能力だったし、エストラーダの固有魔術も最大限に警戒するべきだろう。
やはり、彼の固有にカウンターで無敵を使用する。というのが一番いい戦い方ではあるが……
考えを巡らせる私の頭を水の刃が掠める。
こめかみのあたりから流れた血はあごをつたい、地面に赤い斑点を描いた。
―――だからといって、このまま防戦一方では状況は悪くなる一方だ。
こちらから行動を起こさなければ。
……かなり無茶をする必要があるがやるしかない。
私は地面の砂を拾い掴むと、エストラーダに向かって一直線に走り出す。
それを待ち構えていたかのように複数の水球が膨れ上がり、水刃を発射した。
避ける余裕はない。急所を外すために精一杯に身をよじる。
水刃が肌や筋肉を切り裂くが、止まるわけにはいかない。
あと数メートルというところまで近づくと、エストラーダが石銃を構えた。
それを見た私は握りしめた砂をエストラーダの顔面目掛けて思い切り投げつける。
「ぐっ!」
エストラーダが顔を抑える。
体勢が崩れ、銃口の向きもぶれる。
その隙にあと一歩で攻撃が届くという位置まで距離を詰めたとき。
銃口が静かにこちらを向いた。
エストラーダはいまだに顔を覆っているにもかかわらず、それは完璧に私の身体の中心を狙い定めている。
カチン。
無機質な音が鳴り、一瞬にして視界が光に包まれる。
危機的な状況を察知した私の身体は、反射的に無敵を発動した。
瞬間、白い光の塊がぶつかり、激しく破裂する。
強烈な衝撃を受け止めた身体は浮き上がり、そしてすぐ地面に叩きつけられる。
地面を転がりながら吹き飛び、闘技場の壁に勢いよくぶつかってようやく止まる。
とんでもない威力だ。
先ほどまで中央付近にいたというのに、闘技場の端まで飛ばされてしまっている。
無敵をつかっていなかったらどうなっていただろうか。
私は身体に異常が無い事を軽く確認すると、急いで跳び起き、エストラーダめがけて突進する。
先ほどは偶然攻撃をもらってしまったが、エストラーダはまだ視界が確保できていないはず。
そして石銃は次の発射まで猶予がある。
私も無敵を使うことが出来ないが、相対的にこちらが有利な状況だ。
水の刃をくぐり抜けながら、拳が当たる距離まで近づく。
そのとき、唐突に身体のバランスが崩れて視界が斜めに傾く。
―――転ぶ!こんな時に!?
慌てて地面に手をつこうとするが、伸ばしたその手は砂の中に沈んでしまった。
「!?」
私は遅れて状況を理解する。
砂ではない。泥だ。
砂の地面に大量の水を混ぜられている。
エストラーダは私を石銃で吹き飛ばした後、即席の落とし穴を作っていたのだ。
ぬかるんだ地面にどんどん身体が沈み、すでに腰の高さまで泥に飲み込まれている。
巣にかかった獲物を仕留める蜘蛛のように、膨張した水球が一斉に水刃を撃ちだしてくる。
避けられない……!
私は咄嗟に全身を泥の中に潜りこませた。
首や頭部に水刃が突き刺さるが、泥が緩衝材になり威力が弱まっている。
私は泥の中をさらに深くまで潜っていく。
この落とし穴は先ほど作ったばかりのもの。(だとおもう)
エストラーダといえど、何十メートルのような規模のものをあの短時間で作るのは厳しいのではないだろうか。
……つまり、この沼には底があるはず! いや、頼むからあってくれ!
その一心で泥をかき分けていくと、硬い地面にぶつかる。
―――あった!底だ!
私は底に脚をつけると、ありったけの力を込めてジャンプした。
沼から一気に飛び上がった私は、硬い砂の地面に着地する。
「ゲホッゲホッ……」
口の中の泥を咳と共に吐き出す。
いまのは流石に死を覚悟したが、何とか抜け出せた。
「すげえな!どんな身体してんだよあんたは!」
楽しそうな声が後ろから響く。
振り返るとエストラーダが目を輝かせてこちらを見ていた。
「重い泥からジャンプって大ガエルかよ!人間じゃねーだろ!?」
彼の右手に握られている石銃はすでに射撃が可能な状態になっており、目もしっかりと見えているようだった。
エストラーダは無傷。
それに対して私はかなりダメージを負ってしまっている上に体力の消耗も激しい。
固有魔術も見られてしまった。
状況がかなり悪化していることは誰の目から見ても明らかだ。
やはり自分から動くのは間違っていたのだろうか?
……いや、弱気になるな。
結果だけを見ればかなり劣勢ではあるが、紙一重の勝負だった。
エストラーダに接近すること自体は何度かできたし、あそこから攻撃を叩きこむことができれば、状況は変わっていたはずだ。
それに相手の技もある程度見ることが出来た。
沼の落とし穴は注意しておけば問題ない、飛ばしてくる水刃にも目が慣れてきた。
石銃は無敵で受けられることも分かった。
今のような攻めを続けていれば、いつか好機が巡ってくるはずだ。
このままやれば……
「このままやれば、俺の負けだな」
エストラーダがニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「……は、はい?」
「想像以上に強いな、あんた。身体能力はもちろんだけどなにより判断力が良い!」
「あ、ありがとうございます?」
「俺の目に狂いは無かったな!一目見た時からコイツはやるぞと思ってたんだよ」
エストラーダはハイテンションでよくわからないことをブツブツと呟いている。
自分を鼓舞するために前向きに考えていたが、もしかして本当にこちらが有利な状況なのだろうか?
「私のことを認めてくれているのであれば、こちらの勝ちにしてください」
「それは駄目」
駄目なのか……じゃあ今のは何だったんだ……
私がちょっと残念がっていると、エストラーダはこれまでのにやけた顔から一転し、真面目な表情になる。
「……ここからは俺も固有魔術をフルに使う」
その言葉に私は思わず身震いした。
ここからさらに強くなるというのだろうか?
せっかくエストラーダの動きを捉えられるようになってきたというのに。
……いや、だからこそだ。
私がエストラーダに対応し始めているからこそ、彼は次の手を打ったのだ。
この一手を見極めることが出来れば、私が勝ち切れる。
「俺の能力、知りたいだろ?」
エストラーダが挑発するように両手を広げた。
「……ええ、ぜひ知りたいですね」
「いいよ。 俺の固有魔術は『自分から離れた場所も見ることが出来る能力』だ。千里眼、と言ったら分かりやすいかな?」
千里眼……なるほど、それなら先ほど砂で目つぶしをしたのに完璧に石銃を当ててきたことにも納得できる。
だが本当にそうだろうか?
能力を偽っている可能性だって十分に考えられる。
「疑ってんの?」
エストラーダは私の思考を見透かすように問いかけてくる。
「ウソじゃないぜ。教えた理由は、知られても問題ないからだよ」
エストラーダがそうつぶやくと、彼の姿が白くぼやけ始める。
いや、彼だけではない。闘技場全体が白くかすんでいく。
「この技は観客ウケがわるいからあんまり使いたくなかったんだが、俺が楽しむことが一番だからな」
その言葉を最後に、私の視界は完全に白く染め上げられてしまった。
右も左も、空も地面も、すべてが白い。
「これは……霧?」
しかも伸ばした自分の手すら見えないほどの濃霧。
水の精霊魔術で発生させたのか……?
もし彼の能力が本当に千里眼ならば、この状況は……
そこまで考えたところで、背中に鋭い痛みが走る。
手で触れると背中の肉が浅くえぐられており、その周りは水で湿っていた。
……どうやって?
この状況でどうやって攻撃をしのげばいいんだ?
どうやってエストラーダに近づけばいいんだ?
……どうやって戦えばいいんだ?
白い霧の中。
カチン、という音がかすかに聞こえた気がした。
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