第33話 「可視光線①」


 戦いに勝ったファルシネリが白装束達に抱えられて、控室に運ばれてくる。

 私とアンセスはぐったりとしている彼女に駆け寄った。


「ファルシネリ、大丈夫ですか?」

「うん、平気。もう傷は治ってるし。ちょっと疲れただけ」


 彼女は青白い顔でこちらを見上げた。

 確かに傷はふさがっているが、具合はあまり良くなさそうだ。

 以前、回復魔術は体力を消耗すると言っていたので、そのせいだろうか。


「それよりも、次はお前だぞ」


 アンセスがファルシネリを支えながら口を開いた。


「戦えるか?」


 彼は私の目を真っ直ぐと見据える。

 その視線に私は思わず口をつぐんでしまった。


 今までの戦いを見て、実感していることがある。

 それは、自分はこの二人のようには戦えないだろうということ。


 アンセスのように鍛えた技術があるわけでもなく。

 ファルシネリのように魔術の知識があるわけでもない。

 明らかに戦力として劣っている。


 私にあるのは少しだけ頑丈な身体と、数秒間の無敵のみ。

 果たして、この手札でエストラーダに勝てるのだろうか?

 正直あまり自信が無いが、ここまでくればやるしかない。

 せっかく二人が繋いでくれたのだから、なんとしてでも食らいつかなくてはならないだろう。


「戦えます」


 私は先ほど飲み込んでしまった言葉を口にする。

 アンセスは無表情でうなずいた。

 そして、彼は自分の腰に下げている剣の柄を軽く撫でた後、その手を私の肩に置いた。


「よし。行ってこい」


 今のは彼なりの、もしくは彼の国のおまじないだろうか?

 そこに込められた意味は分からなかったが、不思議と勇気が湧いて来るような気がした。


「メリーガムさん、ヤバイと思ったらすぐに逃げていいからね?」


 ファルシネリがアンセスを押しのけて私の手を握る。


「はい、わかってます」

「本当に?わたしが言うのもアレだけど無茶しないでよ?」

「気をつけますよ」

「まずは相手の精霊魔術を見極めてね。それから固有魔術らしきものは必ず無敵で受ける事!それから……」

「おい、それぐらいにしろ」


 私から離れようとしないファルシネリをアンセスが引きはがした。


「ちょ、もうちょっと言いたいことがあるんだけど!」

「できることはやっただろう。直前に詰め込んでも集中が乱れるだけだ」

「いやいや、そんなことないって!」

「そんなことある」


 彼らは私を放り出して小競り合いを始めてしまった。

 それを眺めていると強張った身体から余分な力が抜けていくのを感じた。


 そして私は二人に送り出されながら、闘技場の中に足を踏み入れた。


 ---


 白い砂の上で、歓声に包まれながら彼は立っていた。

 エストラーダ。 この戦いを提案した男だ。


 以前、大衆食堂で会った時と同じように仕立ての良い豪華な服を身に着けていた。

 違うのは彼の腰に大型のナイフと、銀色の筒が下げられている点だ。


 その筒は、イダリッカルで兵士たちが持っていたものとよく似ていた。

 ということはおそらく、あれは石銃だろう。

 石銃は魔力の塊を撃ちだす道具のはずだが……魔術師のエストラーダはならば必要ないのでは?


 そのような視線を向けていると、エストラーダは私に気が付き、ニコリと笑顔をつくった。


「やっと戦えるな。 いやあ、待ち遠しかったよ」


 彼はまるで懐かしい友人に話しかけるように口を開いた。

 その様子が私の目にはとても不気味に映った。


「……」

「おいおい無視? もしかして、騙した事を怒ってんの?」


 彼はため息を吐きながら頭の後ろを掻いた。


「しょうがないだろ? 俺たちが戦うにはこれしかなかったんだって。 あんたのお仲間強いからさ、3対3じゃコッチが負けるじゃん?」

「私と戦いたいだけなら二人を巻き込む必要は無かったのでは?」

「いや、戦う理由が無いと、あんた本気でやってくれないでしょ……そういうタイプだろ?」


 エストラーダはこちらを見透かすように目を細めた。


「心配ないって、ちゃんと杖は返すよ。 ……俺に勝てたらね」


 ……これ以上話していると、彼の雰囲気にのまれてしまいそうだ。

 私は一度深呼吸し、戦闘態勢をとった。


「いいね……そうこなくっちゃ」


 彼は口角をにニヤリとあげると、腰のナイフを抜いた。


 試合開始の鐘が鳴り、歓声がより一層大きくなる。

 エストラーダはそれらの音の間を縫うように、こちらに走り込んでくる。


 私はその行動の意図が分からず、一瞬硬直する。


 ファルシネリの予想が正しければ、彼も魔術師のはずだ。

 そして、腰には遠距離武器の石銃もある。

 だというのになぜ、私に対してナイフで挑んでくるのか?

 接近戦の方が得意な能力という事だろうか?


 素早く振られたナイフが光を受けて煌めく。

 それを見て、疑問で埋め尽くされた頭がクリアになる。


 横振り。後ろに跳んで躱す。

 突き。身体を左に逸らす。


 見える。


 次の狙いが、ナイフの軌道が、動きがはっきりと見える。

 アンセスとの特訓のおかげだろう。

 彼の人間離れした動きに比べれば、エストラーダのナイフはまったく脅威を感じない。


 エストラーダはさらに踏み込み、ナイフを突き立てようと腕を伸ばしてくる。

 私はその腕をはたき落とし、腹に蹴りを叩きこむ。


「うぐっ!」


 エストラーダが後ろへ跳び、距離ができる。


「……ふふ、やっぱすげえパワーだ。 小手調べのつもりだったけど、接近戦は勝負にならないな」


 そういって、彼はナイフを地面に放り投げた。

 彼の右手は手首から先の骨が折れ、ブラリと垂れ下がっている。

 蹴りをいれた腹部もかなりのダメージがあるはず。


 今がチャンスだ。

 距離を詰めて追撃を……


 仕掛けに行こうと踏み込んだ時、エストラーダは腰の石銃を素早く抜いてこちらに向けた。

 石銃程度、急所に当たらなければどうということは無い。ここで叩く!


 そのまま突っ込もうとしたとき。


「じゃ、こっから本気出すね」


 彼は微笑んで引き金を引いた。

 その笑顔に何か恐ろしいものを感じ、私は咄嗟に射線上から外れた。


 カチン。


 何か硬いもの同士が打ち付けられるような音が響く。


 次の瞬間、強烈な閃光が私のすぐ横を駆けていった。

 石銃から放たれた魔力の奔流は、私の後方にある闘技場の壁を破壊する。

 着弾地点からは破裂音と石壁が崩れる音と、少し遅れて観客たちの悲鳴が聞こえてくる。

 掠ってすらいないというのに、攻撃の余波で右頬が日に焼けたように痛んだ。


 ……強力すぎる。


 私の知っている石銃とはすべてが異なっている。

 尋常じゃない威力と速度。

 生身で受けるのは絶対に避けなければならない。


「俺用に調整した石銃だ。いいだろ?」


 エストラーダは笑いながら、折れた腕で無理やり石銃の撃鉄を起こした。


 その様子をみて、思わず背中に冷たい汗が流れる。

 自分の身体は他よりもかなり頑丈だという、ちょっとした自信があった。

 石銃も、頭にさえ当たらなければ数発程度は問題ないと思っていた。


 甘かった。

 おそらく掠っただけでも致命傷は避けられないだろう。

 果たして、この相手に勝てるんだろうか?


「………」


 ……いや、冷静になれ。


 石銃を撃つためには、撃鉄を起こす→引き金を引く。という二つの手順が必要だ。

 それにあれだけの威力なら、撃つ側もかなりの反動があるはず。

 つまり……連射は出来ないと思う。おそらく、多分。


 それにたしか、あの武器は魔力が込められた封魔鉱同士を打ち付け、発生した魔力を撃ちだすというものだ。

 石がぶつかる際の音をしっかり聞き取ることが出来れば、魔力弾が飛んでくるタイミングが予測できる。

 もちろん、音がしてから魔力弾が撃ち出されるまでの時間差はごく短いものだが、来ると分かっていれば無敵で受けられるはずだ。


 近づくことさえできれば、勝機は必ずある。


 硬直する身体を言い聞かせ、エストラーダに向かって踏み出す。

 その一歩目が地面に着いた時、エストラーダの指先から透明な何かが音もなく飛び出し、私の足を抉った。


「!?」


 見下ろすと、裂けた皮膚からは血が滴り落ちている。

 今のは一体……?


 混乱する頭をどうにか落ち着かせながら、彼の指を見る。

 そこからは、液体のようなものが滴り落ちていた。


 あれは、水……だろうか。


「本気出すって言っただろ?」


 私の視線に気づいたエストラーダは不敵に笑った。

 彼が指を鳴らすと空気がゆらめき、そこから人の頭程度の大きさの水球が現れた。


 いつのまにか、彼の周りには四つの水の塊がふよふよと浮かんでいる。

 そのうちの一つが急激に膨らみ、光線のような水弾を発射した。


 不意の攻撃になんとか身体を逸らしたが、避けきれずに左肩を掠める。

 その傷は、まるで刃物で切られたようにぱっくりと裂けていた。


「本気となったら、もちろん魔術も使うぜ。俺は魔術師だからな」


 エストラーダは銃口をこちらに向け、ゆっくりと狙い定める。

 それに呼応するように、周囲の水球がブルブルと膨張しはじめた。


「俺さ、今から回復魔術で腕と腹を治すから。その前に頑張って近づいてね」


 彼はそう言って引き金に手を添えた。


 背筋を冷たい汗が流れ落ちる。

 私は彼がナイフを振り回している間に勝負を決めなかったことを、ひどく後悔した。

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