episode 0002 それでは一からご説明致します

 僕はハンス=アウグスト・ベッカー。タグ=ホーハー領主であるオットー=グラハム・ベッカー子爵の第6子で四男。


 この地で生を受けてまもなく15年。この国では15歳を迎えると神宮で鑑定儀式を受けて大人の仲間入りとなるんだ。


 僕は残念ながら3人の兄上達のように武芸に秀でている訳でも、優れた学問の知識を持つ訳でもないため、鑑定結果、特に固有スキルが重要になる。


 固有スキルは魔法に似ているところもあるけど、『聖騎士』や『聖女』のように資質を表す物もあったり、千差万別なんだよね。


 僕は四男な上に庶子……母上が側室の立場なので、嫡男である3人の兄上がいる以上、家督を継ぐ事はまずあり得ないんだ。


 だからこそ、優れた軍事のスキルで王軍の士官なんかに任官されるとか、領地経営のスキルで跡継ぎがいない貴族に養子入りをするとか、そう言うのを父上からも望まれている。


 そうやって爵位を継承する事も考慮されて、貴族としての礼儀作法は一通り身に付けている。と言うか、強制的にやらされたんだけどね。


 剣技もある程度はやらされたけど、素質が無い上に体力も低いのか、基礎の基礎と言った程度でしかない状態。


 長兄のマティウス兄上と三兄のフェリックス兄上は達人レベルなのにね。才能の差って怖いよね。


 一方、次兄のヴェルナー兄上は剣の腕はそこそこだけど、とても頭が良くて既に父上の領地経営の補佐役として活躍しているんだ。


 僕はまだ15歳になっていないから初等教育しか受けてないけど、いずれ王立学院に入学してヴェルナー兄上のように領地経営を手助けできるようになりたいな。


 王立学院は初等科、中等科、高等科と別れていて、15歳から入学するなら中等科になるんだ。


 初等科は伯爵位以上の貴族の子女だけしか入学できないんだって。何かずるいよね。


 まあそれでも、あと数日で15歳を迎える僕は来年三月からは王都に行って、王立学院に通う予定だ。


 王都には一度も行った事がないから、少し不安もあるけれどとても楽しみだよ。


 王都まではタグ=ホーハー領都から徒歩で8時間、馬車なら半分の4時間で到着する距離で、早朝に出発したら徒歩でも夕方にはたどり着く。


 そう考えると案外近い気もするけれど、大きな街道でもない限り、人里を離れるとモンスターに襲われる可能性があるんだ。


 あと、モンスターではなくて人間……盗賊に襲われる事も危惧しなくてはならないんだ。


 だからある程度遠くに移動する場合は、旅団を組んで護衛を雇う事が一般的なんだよね。


 僕の場合は父上が領主だから、領軍兵が護衛として同行する事になると思う。


 子爵だとその子女に付ける護衛はだいたい8人から10人と言ったところかな。


 それだけ護衛がいたら、流石に盗賊も襲って来る事はないと思う。


 さて、今日は来週日曜日に行われる僕の鑑定儀式について、家令のオラフから説明を受けるんだった。


 僕専属のメイドであるウルスラを呼んで、オラフに都合をつけてもらわないと。


「ウルスラ、いるかい?」


 僕が部屋の扉を開けて声を掛けると、ベッカー家の揃いのメイド服に身を包んだウルスラが、音も立てずに現れる。


「お呼びでしょうか、ハンス様」


 うやうやしくこうべを垂れたウルスラに僕はいつものように用事を命じる。


「今日はオラフに鑑定儀式について教えてもらう事になってるんだ。いつごろが都合が良いか、確認してきてもらえるかな」


「かしこまりました、ハンス様」


 見た感じ、僕より10歳くらい年上のウルスラは、表情一つ変えずに僕の命をけると、音も立てずに姿をくらます。




 ハンスと言う人物を演じ続けるのは大変だ。


 ハンスとして生まれてからずっと過ごしているので、ベッカー家の事やタグ=ホーハーの事は、齟齬そごが出ない程度には理解している。


 だが時折、と現実とのギャップに戸惑う。


 自分がこの中世ヨーロッパに似たファンタジー世界への転生者であり、21世紀の日本から転生してきたという事は知られる訳にはいかなかった。


 ……どうしてこうなった?


 あの神様と名乗った貧相な老人が、僕を転生させたという事は分かる。


 という事は、この世界には僕以外にも転生者がいるのだろうか?


 そんな事を考えていたら、オラフと会う時間になっていた。


 部屋の扉をノックする音が室内の空気を揺らがせ、それに僕が反応すると扉を開けて室内に入り、深く一礼するこの男がオラフだ。


「ハンス様、本日もご機嫌うるわしく、このオラフも嬉しゅう存じます」


 50歳を過ぎたやや痩身で、鼻髭と顎髭を蓄えて燕尾服を折り目正しく纏ったベッカー家家令のオラフは顔を上げると鋭い視線で僕を見据える。


 オラフの視線を僕はにこやかな笑顔でやり過ごすと、室内にしつらえられたソファに座るようオラフを促す。


「そう言う訳には参りません。主君のご子息と小間使い風情が同席するなど許されぬ事でございます」


 こう言うお硬いところが信頼できるところであり、息苦しさを感じるところなんだよなあ。


「それでは一からご説明致します」


 ソファに腰掛けた僕の目の前で、直立したままオラフが説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月20日 15:30
2025年12月21日 15:30
2025年12月22日 15:30

二倍士は魔力1?!~無能者として放逐された転生貴族四男は平穏に生きたいのに世の中が許してくれません~ 神 賢一 @Schwarzfelsen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画