第26話 和解は微妙?

 その事実は誰もが知っている。二人を育てることを希望したのは酒場の女マスターのカミナだ。気立ての良い彼女なら安心して任せられる、と誰も反対はしなかった。現に今でもハルーラは彼女のいる酒場の二階で暮らしている。


「カミナが、怖いのか?」


「そうだ。俺はあいつから全てを聞いている……あいつはお前の血の破滅を望んでいる」


 それを聞き、あのまぶしい笑顔が思い浮かぶ。


(あの裏にそんな一面が……? だけど、そうだよな……カミナからの話はまだ聞いてない)


 妹のヤミナと同じだとすれば彼女だって大地の民であり、自分のことは知っているはず。

 しかし、ヤミナは『カルスト家のことはどうでもいい、この呪いが早く静まればいい』みたいなことを言っていた。


(とすれば、カミナの考えはその逆、か?)


 シリシラが『カミナは怖い』と言った、その理由も、もしくはそれが……。


「カミナの元から俺は――」


 カミナのことを考えていた時、シリシラが口を開いていた。


「ハルーラを早く連れ出したかった……けど、俺にはこいつを世話するだけの金がなくてさ……カミナがこいつに妙なことをさせなくて良かった、それは救いだ。だからある意味ではハルーラをこんな姿にしてくれたのは結果としては良かったのかもな、巻き込まれないで済む」


 彼の下にある小さな頭は静かだと思ったら、いつの間にか眠っていた。心底安心しているような寝顔だ。

 その寝顔と兄の優しげな表情を見て、ラズはうなずいた。


「落ち着いたら元の姿には戻してやらないとな。できる限りのことはする、必ず」


 ラズが決心を口にするとシリシラはハルーラを抱え、奥にある簡素なベッドに寝かせ、薄い布をかけてから戻ってきた。

 立ったままのシリシラは決まり悪そうな顔で、肩を落とした。


「なぁラズ……お前、ハルーラがお前を慕っていたから、俺がお前を目の敵にしていた、とか思ってただろ……ちげぇよ、俺はお前に嫉妬してたんだ。お前は何にも苦労してないと思ったから。金もあるし、立派な家もある。助けてくれるやつも大勢いる。俺にはないものばかりだ」


「……そんなことはないって」


 彼の気持ちに真摯に向き合いたい。そう思って立ち上がり、シリシラを真っ直ぐ見る。


「俺には確かに金はあるし、家もある。けど、俺自身は大した力なんてないんだ。剣を持って戦うこと、魔法を使うことはできない。俺は偉そうなことを言うしかできないんだ。それってどう思うよ、すごい嫌なやつじゃないか?」


 レイシーには『カリスマ性があるから』と言われたが、それがなんの役に立つのかも微妙だ。自分にできるのは結局みんなが暮らしやすいよう、生きやすいようにしてあげること、それを考えるだけなのだ。


「大地の民のことも先祖がした悪行なら俺が正す……そう言うしかない。穴の底に向かいたいが俺だけじゃ、すぐ野垂れ死にするだけだ。だから力を貸してくれるやつが必要なんだ。お前はそんなやつに嫉妬するのか?」


 自分を卑下しまくると、シリシラは不敵な笑みで「そう考えるとバカらしいな」と言った。

 つられてラズも笑う。


「だろ? 結局はどうしようもないやつなんだよ。だけどハルーラのためには俺は行くつもりだ……なぁ、シリシラ、お前の力、貸してはくれないか?」


「……俺の?」


 シリシラの青い瞳が少し見開き、眠るハルーラに目を向けた後で、再びこちらを向いた。

 そこにある表情からは、すっかりいつもにじませていた怒りは消えていた。


「あぁ、わかった」


 今までのいざこざが嘘のように、シリシラは力を込めて返事をしてくれた。それには弟のために動きたいという思いが感じられるが。自分をいくらか受け入れてくれたような、やわらかな気持ちをラズは感じた。


「俺も穴の中に何があるか興味はあるからな」


「ありがとう、シリシラ」


「え? あ……」


 礼を述べるとシリシラは不意にそっぽを向き、黙ってしまった。まさかシリシラと協力できる日が来るとは思わなかった。


(とりあえずシリシラの力は借りられる……後でジンのことも治せるか聞いてみるとして。もう一つ、話を聞いてみたい人がいる)


 今は日中、酒場には“彼女”がいるはずだ。シリシラに話したこと、彼女にも聞いてみなくては。


「あ、あいつのとこ、行くんだろ?」


 そっぽを向きながら、シリシラがそう言ったので「そうだな」と答えておく。なぜずっと視線をそらしているのか、不自然で気にはなる。


「ちょ、ちょっと待ってろ。あいつのとこ行く前に、お前に守りの魔法かけといてやる……変な呪いみたいなの、これ以上かけられても困んだろ」


「そんなこと、できるのか。すごいな」


 率直な感想を述べるとシリシラはさらにそっぽを向いて離れてしまった――背中を向けられ、この距離感はあまりに不自然過ぎる。


「ちょっと待て……詠唱に、時間かかるから」


「なぁ、そっち向いて、やるもんなのか?」


 先程も言ったがシリシラの背中は大きくて、いつもは黒い衣服のせいで締まって見えるのだが意外とたくましい。その背中を見てるのはこちらとしては問題ないが。


(せっかく和解したのに、こっち見ないぞ)


 まだわだかまりが彼の中にあるのかも。そう考えてみるが「うるせぇよ」とガン無視状態。魔法の詠唱中なのか、背中を向けてブツブツ言ってはいる。


(うーん……)


 自分からもう少し歩み寄るべきなのか。父には『領民のことを知りたければ自分から積極的に行動しろ』と教えを受けてはいる。


(歩み寄る、か……?)


 背中を見つめながら悩んでいた時だ。お昼寝中の小さな少年が「いっけぇ〜」と寝言らしきことを言い、寝ながら手を上げていた。


「え?」


 その途端、身体に力が入らなくなる。なんだと思った矢先、背中が何かに押されたようにグンッと身体が前に飛ぶ。


「わぁっ!」


 ハルーラの暴走魔法の発動だ。幼い姿でもこれは健在らしい。さっき魔力はないって言っていたような気がするが、寝てる時は無関係なのか。


「――なっ!?」


 ハルーラの魔力を感じ、振り返ったシリシラはすぐ目の前に飛んできた自分に唖然――したかと思えば。突っ込んできた自分の体当たりをくらい、床に思い切り倒れ込んでしまった。


「いったぁ〜……」


 ハルーラの魔法は本当に色々起きる。シリシラがいなければ壁に激突して、もっと痛かっただろうが、シリシラにぶつかってもほんの少しは痛かった。


「シリシラ、大丈夫かっ?」


 それでも思ったより痛くなかったのは、シリシラが自分のことを抱き留めてくれたからだ。

 自分の下敷きになったシリシラは苦痛に顔を歪めていたが、目を開け、自分と目が合うと――目を見開いた。


「う、うわぁぁ!」


 突然の叫び。自分も身体がビクッとしてしまった。


「な、何っ!?」


「バ、バ、バカ野郎っ! 俺に近づくな、触んな! 早く降りろーっ!」


 顔を真っ赤にした、この拒否ぶり。

 はたして和解したと言えるのか、やはり微妙だとラズは思った。

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