第25話 シリシラは孤独

「えーっ! ハルーラ!? なんだ、その姿!」


 イスから「よいしょ」と降りてきた小さな身体。年は五、六歳くらいか。見慣れない物体になぜか胸がキュンとし(かわいいーっ)なんて思ってしまう。

 小さなハルーラは見て見てと言わんばかりに小さな両手を広げて見せた。


「朝起きたらこんなになっちゃって〜。一人じゃどうしようもないから、シリシラの家に来たんだよ〜」


 シリシラは不機嫌そうにドアを閉めると足音荒く部屋に入り、またこちらを睨む……彼には睨まれてばかりだ。


「ふん、どうせボロ家だと思ってんだろ」


「俺は何も言ってないぞ」


「……どうだかな」


 悪態はつきつつも、通りながらハルーラの頭をなでる仕草は良い兄の姿だ。

 シリシラは口元を少し緩めた様子で事態を説明した。


「何が起きたのかは知らねぇが、ハルーラの魔力がほぼ消えている。同時に生命力も削られていることから魔力と生命力の両方を誰かに奪われ、幼体化したと考えられる……つーわけで、昨日何があった」


 小さなハルーラを抱きかかえ、シリシラはイスに座ると、もう一つの席を“座れ”と命令するように指し示した。

 ラズは呼吸を整え、その席に腰を下ろす。


「昨日は――」


 あった出来事をシリシラに説明する。ハルーラがさらわれ、助けたこと。あの穴は大地の民の呪いによって現れたこと。

 そして言わなくても良かったのかもしれないが自分のことを。だって彼はカルスト家の過去を知っているようだったから。

 話を聞き終わったシリシラは大きくため息をついたが、態度には怒りが混じっていた。


「……ったくよぉ、てめぇが呪い殺されようが食われようが、俺には関係ねぇけどよ! ハルーラを巻き込むなよなっ! 今回はこれくらいで済んだからいいけど、万が一死んじまったらどうすんだよ!」


「シリシラ、そんなに怒らないでよ〜。ボクがラズさまについていきたいって言ったんだから」


 怒るシリシラを、膝に座ったハルーラがなだめている。シリシラは本当に弟を大事にしているのだ。


「ハルーラは黙ってろよ、お前がラズを慕う気持ちはわかるけどよ。お前がいなくなったら、俺は――」


 怒りをあらわにしながらも、シリシラは己が口にした言葉を後悔したのか、ふと表情を曇らせた。


(シリシラ……)


 今まで彼のことは過保護すぎる、と思っていた。弟が自分を慕っているから兄である彼は自分を嫌っているのだ、そう思っていた。

 しかし彼の様子やこの住環境を見て、それだけじゃないんだとラズは感じた。


「シリシラ……お前達は親がいなかったな」


 その事実は忘れていたわけではない。シリシラが口にすることを嫌っていたから話をしたことはなかっただけだ。

 シリシラは領地に住む、ごく普通の家庭に生まれた子供だ。年は近く、幼なじみみたいな存在ではあるが性格が合わないのかケンカばかりだった。それでもなんだかんだ話をしたり、一緒にいることは多かった。


 しかし彼の両親は流行り病で亡くなってしまう。ハルーラが生まれ、間もない頃だ。まだ十歳ぐらいでしかないシリシラにハルーラを育てる力はもちろんない。二人は養子として別々の土地でどこかの家庭に引き取られる予定だったと、自分も難しい話がわかるようになってから使用人に聞いた。


「お前は幼いハルーラとの別れを嫌がり、習ったことのない魔力を使って、自分とハルーラの養父母となる予定だった人達に危害を与えてしまった……」


 それからは領地に住む孤児が起こした事件としてラズの父が仲裁に入り、彼らの“養育者”と共に暮らすことを条件に、ハルーラと暮らすことを許された。

 だがある思春期という年相応のことだが。シリシラはその“養育者”に反抗し、大事なハルーラを置いてその家を飛び出し、一人暮らしを始めた。それが、このアパートというわけだ。


(シリシラは魔法使いとしての力はある……しかし、魔法学校に通ったわけじゃない。そしてこの性格と過去の暴挙ゆえ、街中でのまともな仕事もなく、一般的な家には住めなかったのか……)


 シリシラから話を聞いたわけではないから、これは予想でしかない。それでもこの古アパートに住んでいることや、彼が外での魔物対峙や冒険者の同行などの危険な仕事ばかりをやっていたことを考えれば、この予想は当たっているだろう。リスクが高い仕事でないと稼ぐことができないのだ。


「うるせぇ! いちいち昔のことなんか話すんじゃねぇよ、関係ねぇだろ!」


 声を荒げるシリシラに、首を横に振って応える。自分がまだまだ領民の苦しみを理解できない未熟者だったと痛感したから。


「すまなかった、お前の苦しみに俺は気づけなかったんだな。お前は俺の幼なじみのようなやつだ。お前が一人でなんとかしようと頑張っていたのに」


「な、何言ってんだよっ! そんなの――」


「お前はハルーラを大事にしてるのはわかっている。だが“養育してくれたあの人”と一緒にいることが、ある時から耐え難くなってしまった。それゆえ、ハルーラのことを思いつつも一人で家を飛び出した」


 ハルーラが彼の膝に座りながら首を上げ、青い瞳に彼を映す。ハルーラもケンカはしつつも兄である彼を頼りにしていることはわかっている。本当は兄が大好きだ、一緒にいたいと思っていたはずだ。


「いつかはハルーラと共に暮らしたい。だから街を出るわけにはいかない……貧しくても耐えていたんだよな」


「……そうなの、シリシラ?」


 ハルーラの潤んだ瞳での質問に、シリシラは何も言えなくなっていた。


(これは言ったら怒られるだろうから言わないが……俺はお前達が一緒に暮らせるようにしてあげたい……この騒動が済んだら、きっと)


 そのためには“協力者”を増やさなくては。


「なぁ、シリシラ。お前は前にカルスト家は民を虐げた、と言っていた。お前はカルスト家と大地の民のことを知っていたんだな?」


 シリシラは何も言わない。ハルーラも再び「そうなの〜?」と首をかしげる。その様子からハルーラは“養育者”から聞かされていない。自分に敵意を持つシリシラにだけ、カルスト家の秘密を教えたのだ。


「……そうだ」


 シリシラはハルーラの髪を、愛おしそうになでた。


「俺はそのことを“カミナ”から聞いた。あいつは、怖いやつだ」


 それは二人の養育者である者の名前だ。

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