第24話 シリシラと大騒ぎ

 ジンに事の次第を話し、ジンからも何が起きたのかを聞いた。


『年と共に身体が重くなるんだよな〜』


 ハルーラにそんな相談をしたらしい。

 すると、ハルーラは元気良く手を上げて『じゃあボクが治してあげる〜!』と言った。

 慌てて拒否したものの時すでに遅し。ハルーラに魔法をかけられて以降、ますます身体が重くなってしまったとか。


「くそぅ、こんなもんで昨夜から酒を飲む気にもならねぇし……まぁあいつに悪気はあるわけじゃないんだけどな」


 ジンがため息をつきながら足を引きずる様は老人とまではいかないが、ダルそうである。そんなジンに『一緒に大穴探索に行こう!』とは到底言い難く(ハルーラ、またやったな)とラズは苦笑いを浮かべた。


「お前さんの事情をわかってるんだけどな〜」


 ジンは大きな手をラズの頭に乗せると、子供のようにヨシヨシとなでてきた。大人として、その仕草を受け入れるのは気恥ずかしいがジンが心底申し訳なく思っているの動作だ。


「俺はお前さんの親父さんにも世話になったから手伝ってやりたいのは山々なんだが、いかんせん、これじゃ何もできねぇ……だから先にハルーラを見つけてくれるか?」


「……わかった」


「すまないな。身体が元に戻ればいくらでもお前さんのこと手伝ってやるよ」


 そう返事をしてジンと別れたものの、ハルーラに元に戻すことができるのかという不安もよぎる。戻せなければ彼の力は借りられない、大きな痛手だ。

 どうせハルーラはそこら辺をウロウロしているだろう。歩いていればすぐ見つかると思い、すっかり一つの街と化した街中を歩き、穴の近くも通ってみたのだが――。


(ハルーラはどこに行った!?)


 探している時に限って見つからないなんて皮肉だ。ハルーラは大体どこからともなく飛んできたり、現れたりするのに。

 ……もしくはさりげなく噂した時とか。


「ハルーラ〜……って、いないよな」


 ラズがはぁ〜と、ため息をついた時だった。

 突然、地面がズゥンと揺れた。立っていることもできず、膝折れしてしゃがみ込むと「おりゃぁぁ!」という変な声が近づいてくる。


「な、なんだぁっ!?」


 何かが頭上から降ってきて地面に突き刺さり、爆弾が爆発したかのように地面の土を巻き上げた。噂をすればハルーラか!? と、ラズは期待したのだが――。


「ラズッ! 貴様っ! 弟に何をしたっ!」


 濛々と土煙が上がる中、一部赤いシルエットが見えた。土煙の中から手が伸びてきてラズは襟をつかまれ、無理矢理に立たされる。


「聞いてるのかっ! ハルーラに何をしたぁ!」


 煙の中から姿を現したのは怒りに顔をしかめたハルーラの兄、シリシラだった。以前、ハルーラの魔法でどこかに飛ばされたが、すぐ戻って来れたようだ。普段から尖ったような目つきをしているが、さらに目尻は上がり、自分を睨んでいる。


「シリシラ!? な、なんだよっ!」


「とぼけるなよ! あの大穴の中で何があった!? 呪われたやつのくせに何しやがったんだよっ!」


 シリシラがハルーラのことで怒っているのはいつものことだ。しかし今日の怒りはいつもの比ではない。


「ハルーラに何かあったのかっ?」


「はぁ!? お前知らないのかよ!」


「知らないから聞いている! 何があったんだ!」


 シリシラの殴りかかってきそうな剣幕に負けじと言い返すと。彼は肩を大きく上下させながら「ついてこい!」と言って襟をつかまえたまま、さらに腰をつかんできた。


(なんで腰っ!)


「な、なんだよ!」


「いいからだまれっ!」


 そのまま魔法で身体が浮かび上がり、空間に歪みが生まれ、どこかへと消える。いわゆる転送魔法だ。ハルーラにも何回もやられているがこの目が回る感覚は毎度気持ち悪くなる。

 気づけば連れて来られたのは建物の内部と思われる所だった。黒く変色した柱、ヒビの入った石壁。隅には埃や小石が積もり、さびれた感じがあるのは築年数が古い証だ。

 おそらく自分が領主をしていた地にあった建物だろう。酒場もついてきたのだから他のものがあっても不思議ではない。


「おい、いつまでくっついてんだよ!」


 自分を煙たがっている罵声にハッとすると、すぐ目前にシリシラの赤い髪と不機嫌そうなツリ目が見えた。そして自分はシリシラにつかまれて転送魔法でここへ来たと思うのだが、なぜかシリシラに抱きついている。道中、魔法で気持ち悪くて何がどうなったのか覚えていないのだが。


「あ? あぁ、すまない」


 慌てて身体を離し、身なりを整えるとシリシラも衣服のシワをそそくさと整えていた。そのぎこちなさは動揺しているようにも見える。


「な、なぁ、シリシラ」


「ななな、なんだよ!」


「君って、案外ガッシリして、たくましいんだな?」


「なっ! 何言ってんだよっ!?」


 動揺しているようなので気分を変えてやろうとそんな話題を振ると、シリシラの頬が髪と同じように真っ赤になってしまった。


(え、俺、変なこと言ったかっ?)


 珍しくほめたからか。シリシラの見たことのない様子を見たら、こちらも気まずくなってきた。


(お、おぉ、そ、そんなこと言ってる場合じゃなかったな!)


「と、ところでハルーラは?」


「あ、あぁ! そうだ、こっち!」


 シリシラもすぐさま気を取り直し、二人で建物の二階への階段を上がる。どうやらシリシラはこの建物には詳しいようだ。

 二階は横に通路が続き、木の扉が間隔で五つ並んでいた。住民が住むアパートなのだろう。


「ここだ」


 シリシラについていき、一つのドアの前へ。彼がドアを開けると中からにぎやかな声がした。


「あー! シリシラ、おかえりーっ……って、え? ラズさま〜?」


 聞き覚えのある、のんびりとした声がしたが、いつもよりも、より甲高い声だ。


「え?」


 何事かと呆気に取られる。

 ドアの向こうは簡素な傷だらけのテーブルと木のイスが二脚。木の壁や天井もやはり黒いシミやひび割れていて、古さは否めない。

 だがそのイスにちょこんと座っている小さな存在がいる。見覚えのあるピンク色の髪は艶があり、爛々とした青い瞳は好奇心に満ち溢れていて、自分を見て驚きと共に全開になっている。


「ラズさま〜、おはよう……えへへ、こんな姿になっちゃったの〜」


 そこにいるのは間違いなく、いつも色々なことをやらかしてくれる少年魔法使い……のさらに小さい、幼児魔法使いだった。

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