第16話
「あの、くるみさん」
「うん?」
上ずった声に自分でもびっくりしながら、意を決してくるみさんの優しい目を見上げる。
「この前は、本当にありがとうございました。すぐにお礼が言えなくて、あの日は……取り乱しちゃって、ごめんなさい。本当に助かりました」
「……そんな、お礼を言われるようなことじゃないし。気にしないで」
くるみさんは本当に気にしていないみたいに笑う。でも、わたしだって、今日だけは譲れない。
言わないといけないことがある、気がするのだけれど。
「……えっと、」
伝えたい思いはあるのに、いざ口を開くと言葉が出てこなくなる自分が、どうしようもなくもどかしい。
そんな自分に戸惑いながら目を上げると、くるみさんの辛抱強い目とぱちんとぶつかってしまった。まるで助けを求めているみたいになってしまって、慌てて弁解しようとするけれど、やっぱり言葉は出てこない。
ふ、と笑い声みたいな息がきこえて心が揺れたところで、もう一度、人懐っこそうな笑みを浮かべたくるみさんと目が合った。
「まどちゃん。いいことを教えてあげる」
「……はあ……」
楽しそうに目を細めたくるみさんが、「実は、」と切り出す。
「あのときまどちゃんに絡んだお客さん、ホコリがどうのって騒いでたでしょ。あれ、まどちゃんは気付いてなかったと思うけど、」
――お客さんの着てきた上着、木の葉みたいな屑がいっぱい絡んでて、なんだか煤けていたんだよね。
内緒話みたいに耳打ちしたくるみさんの声は愉快そうで、わたしはその内容に、一週間ずっと切れることのなかった糸が一気にゆるむのを感じて、床にへたり込みそうになった。
「つまり、あれはまどちゃんのせいじゃなくて、お客さんが連れてきたゴミだってこと。賭けてもいいっすよ」
「そんなこと……」
……ううん。
お客さんの着てきた上着なんて記憶にない。そんなことまで気にする余裕がなかった。だから本当のことなんて、今更、何一つわかりはしないけれど。
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