第15話
「んー、例えばあれよ、ちょっと前に二日酔いで出勤してきたことがあったでしょ? あの日は結局ろくに使い物にならなかったけど。あれね、友達のやけ酒に律義に付き合ってあげたらしいのよねー。『何度も帰ろうとしたんですけど、友達の話を聞いてたら、置いて帰ることもできなくて』ってメソメソしてたわ。聞いてみたら、クルミくん、お酒飲めないんだって」
「ええっ」
思わず声を上げると、「おかしいでしょ」とまた笑う。
「付き合いでひと口は飲んだけど、やっぱりダメで、あとは友達の飲んでる酒の匂いにやられたんだって。そんな話初めて聞いたからもう笑っちゃって」
……でも、それを、くるみさんは一言も口には出さなかった。ひたすら謝り倒していた。
「人に頼られやすくて、頼られたら断れない性格なんだって。あの子の電話、鳴りやまないでしょ? 勤務中の通話はもちろんダメだけど、クルミくんたらわざわざ言いにくるのよねえ。ものすごく困ってる友達がいるから、何かあったら勤務中でも電話には出ます、許してください、って」
いつかキッチンで話していたときの着信と、あのときのくるみさんの慌てぶりを思い出した。
「真面目なんだか不真面目なんだか。断ってもいいようなところで変に人に甘くて……。ま、いい子だよね」
さえこさんはふふんと笑って、お客さんの来店に気が付くと、足取りも軽くキッチンを出ていった。
……わたし、くるみさんのことを誤解していたのかもしれない。
人に頼られると断れない性格というのは、さえこさんの話からわかった。くるみさんが気遣いの人だってことも、あのとき肩に置かれた手のやさしさから伝わってくる。
でも、あのときは、わたしは誰にも助けを求めようとしなかった。
独りよがりなわたしを、さらりと救ってくれた。
ぼんやりと考えに耽っていたら、洗い物の手が止まっていた。慌ててスポンジを握りなおすと、ミントの香りがする泡が、ぷしゅっと音を立てて膨らんだ。
「――あっ、お疲れっす、まどちゃん」
「わっ」
考えていた人の声が聞こえて、動揺した手がお皿を放してしまう。カーン、とそれは気持ちよく鳴った音に肝が冷えた。お皿はなんとか無事だ。
「くるみさん」
お皿をつかまえた手がふるえているのを感じながら振り向くと、ニコニコと機嫌のよさそうな笑顔で近づいてくる。
「そろそろ交代の時間だから、それ、置いといていいっすよ。僕がやっておくんで」
「あ、えっと、じゃあ……お願いします」
ゴム手袋を外して流しの縁に掛ける。くるみさんの目尻には相変わらずきゅっと皺が寄っていて、その笑顔に、あれこれ考えていた頭の中もほっと落ち着かせてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます