震えないように、泣かないように

第5話

店長の趣味で揃えられたこの店の食器はどれも可愛くて、ひたすらお皿を洗って拭くだけのこの時間帯も、自然と顔がほころぶ。ひそかに好きな時間だった。


 「え、まどちゃんって九州出身なんすか!? だんだん寒くなってきたけど大丈夫っすか、東京の冬って結構寒いんすよ! てか雪って、見たことある?」


 ……ただし今日に限っては、そんな静かな楽しみもお預けをくらっている。


 「えっと……九州でも雪は降りますよ……」


 「えええっ!? そうなの!?」


 前回の週末は悲惨な姿で出勤してきたくるみさんも、今日はいつもの元気を取り戻して、一緒に裏方の仕事を担当している。ううん、もしかしたらいつもよりも騒がしいかな……。

 

 さえこさんはホール担当、わたしはキッチン担当で、くるみさんはどちらも担当できるオールラウンダーだ。ここのお店のバイト募集の貼り紙を見て、「キッチンだけでも大丈夫ですか?」と店長におそるおそる尋ねたわたしとは、天と地ほどの違いがある。器用な人なのだ。


 「あの……」


 「うん?」


 くるみさんは、人懐っこい笑顔を私に向けた。目尻はいつもきゅっと持ち上がっていて、口角も自然な角度で上を向いている。気を抜くと眉も口角も下がりっぱなしのわたしとは大違い。


 「声、ちょっと大きいかも……です。表に響いちゃうかも」


 「あ、そうっすね」


 む、と口を尖らせて真面目な顔を作ろうとしているくるみさんは、嫌味もなく素直なひとだと思う。二日酔いで出勤したり、バイト中の私語が多かったりする不真面目さが玉に瑕だけれど。


 「もうバイトには慣れた?」


 「え……」


 きゅ、と目尻に皺をつくって問いかけるくるみさんの目はあたたかい。


 「そう……ですね。レシピもだいたい覚えましたし。なんとなく、仕事のリズムも掴めてきた気がします」


 「うん、なら良かった。心配なことがあったら、すぐ頼ってくれていいっすから」


 「はい……。ありがとうございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る