第4話

「えっ?」


 「なんか、酒臭い……」


 思い切り表情を歪ませたさえこさんを前に固まっていると、本当になにか匂いが漂ってきた。これが酒臭いっていうのかわからないけれど、あまり爽やかとは言い難い匂い……。


 その時キッチンのドアの陰から、ぬっと大きな影が姿を現した。傷んだ茶色の短髪を乱しながら、大柄な男性がのそのそと入ってくる。


 「お疲れ様でーす……」


 「お、おつかれさまです」


 「ちょっとクルミくん、どうしたの? なんか匂うんだけど」


 さえこさんが鼻をつまんで手をひらひらさせる。彼は私と同い年のバイト学生、くるみさんだ。バイト歴はわたしより二か月くらい長い。


 いつも爽やかというわけではないくるみさんだけど、今日はそれ以前に、なんだか具合が悪そうだ。


 「すみません……ちょっと……朝方まで飲んでて」


 「やだ! 二日酔い!? そんなんじゃ仕事できないでしょー! 今日は皿洗い専門でよろしく!」


 「う゛っ……サエコさん、そんな大きな声で……」


 心底面倒くさそうな顔をしながらも、さえこさんはしゃんと背筋を伸ばして、てきぱきとエプロンを腰に巻く。


 「その前にちょっと休ませてもらっていいすか……」


 「しょうがないわねー……気分がマシになったら声かけて。それまであたしがなんとかする」


 「すみません……」


 キッチンの入り口に座り込んだくるみさんは申し訳なさそうに身を縮こまらせた。二日酔いの人って初めて見た。ていうか、今三時だし……こんな時間まで響く飲み会って、どんな飲み会だろう。


 ちょっと待って。くるみさん、わたしと同い年だからまだお酒が飲める年……いや、深入りするのはやめておこう……。


 「あの、わたしもう少し残っていきましょうか。くるみさんの具合が良くなるまで」


 ぱたぱたと働きだしたさえこさんの背中に向かって、邪魔をしないように声をかける。さえこさんは呆れ顔で振り返った。


 「だーめ。うちはブラックバイトじゃないんだから、退勤時間は厳守! さあ帰った帰った!」


 「……わかりました……」


 「まどちゃんの真面目さを見習ってほしいわー。はい、まどちゃんはお疲れ様! 今日もありがとね! もー、クルミくんったらバイト前日の飲みは自制してよねー! あたし料理できないんだから困るでしょー!」


 「マジで申し訳ないっす……サエコさんの料理はヤバいんで早く復活します……」


 本当にこんな状況で帰ってもいいのだろうか。あと二、三時間くらい延長したってどうってことないのだけれど、さえこさんは早く帰りなさいと気を遣ってくれている。

あれだけ強く言われたら、帰るしかないだろうな。


 後ろ髪を引かれながら、「では、お先に失礼します」と頭を下げる。


 「はーい、お疲れ」


 「お疲れっす」


 胸まであるエプロンを外して、お店の裏手にある洗濯機に放り込む。家までの道でも、やっぱり残ったほうがよかったのかな、なんていつまでも気にしている。


 些細なことでも、まあいいやなんて片付けられない。過ぎ去ったことをうじうじと悩み続けている。


 こんな性格、どこかに捨ててきてしまえたらいいのに。

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