第43話

* * *



「母さん、ちょっといい?」


「……どうしたの?」


居間のテーブルで家計簿をつけていた母さんの前で、紙をひらりと振ってみせる。


「これ、ハンコ押しといて」


「……あら。あんた、もう決めたの?」


ちょっと前まで真っ白だった、進路希望調査の紙。


大きくマルをつけた『大学進学』の字の下、でかでかと枠を埋めたあたしの字に、母さんは眉を上げた。


「お兄ちゃんの大学じゃない」


「うん。そこの、文学部」


言葉って本当に難しくて、だからこそ、本当のことを伝えられるような、そういう「ことば」を学びたい。


――そうして、言葉で伝わらない部分は全部、音に託せばいい。


「あそこは難しいのよ。わかってる?」


「うん。でも、目指してみる。まだ一年以上あるんだし」


「まあ、マキが頑張るって言うんなら応援するけど」


そう言った母さんは、どこか嬉しそうだ。


名門大学の文学部なんて、いかにもよくできた女の子って感じだもんね。


だけどごめん。


「それで、大学入ったらあたしバンドやるね」

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