第38話

「――いい。すごく、よかった」


野川さんは何か考えるような目で腕組みした。


そして、





「蒔子ちゃん、うちのバンドに入らない?」





「――へ?」


待てよ。今あたしの耳が瞬間的に故障した。


「今なんて言いました?」


「うちのバンドで、キーボード弾いてくれないかな」


ねえ、蒔子ちゃん。


その笑顔の魔法にかけられて、思わず頷きそうになる。


――いや、ダメだって! 抵抗しろ、あたし!


「ど、……どういうことなんですか」


理性を総動員して魔法を押さえつけて、そう訊ねた。


だって今、野川さんのバンドにはキーボードはいないじゃないか。


「蒔子ちゃんが弾くのを聞いてたら、キーボードの音もなかなかいいな、って」


野川さんはサラリとそう言って、


「それに、俺たちのバンドの音、気に入ってくれてるんだろ。それなら蒔子ちゃんが適任だ」


――そんな、


そんなこと言われたら、誰だって心が揺れてしまう。



だけど、



「――歌詞に興味もない奴をバンドに入れていいんですか?」


そうきくと、野川さんはピタリと、息を止めた。


「……そうだなあ」


そう呟いて、ガシガシと頭を掻いて、目を逸らす。


「少し、話そうか。蒔子ちゃん」


「……はい」


あたしは結局、どんな野川さんにも逆らえそうにない。

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