第32話
情趣もへったくれもなく大音量で弾きまくったおかげで、落ち込んでいた気分も少しはマシになった。
しかもなぜか、『悲愴』というあの曲までついでに、妙に気に入ってしまった。中学の頃はあの陰鬱さがどうしても好きになれなかったのに。
とうとう自分の部屋のピアノで練習しながら、文化祭でこれを弾こうかなんて本気で考え出す始末だ。
……いったいどういう心境の変化だこれは。
「あれ。マキがピアノ弾いてる」
珍しい、と言いながら兄貴が部屋に顔を覗かせたので、鍵盤に乗せかけていた手を膝に下ろした。
「どしたの兄ちゃん」
「いや、野川先輩からメールが来たんだけど……マキに、明後日BLUEに来ないかって」
「え、」
兄貴は苦笑した。
「まだ気にしてるんだろ、昨日のこと」
うん、『悲愴』なんて弾き出すくらいにはーーなんて言ったら絶対馬鹿にされるから黙って頷いた。
「でも、お誘いがくるってことは向こうはそんなに気にしてないんじゃないのか」
「……野川さんは大人だもんね」
そっか。
それなら、せっかく野川さんが誘ってくれたんだ。行かない理由なんて、どこにもない。
「うん。行くって、伝えておいて」
「マキ一人で行ける?」
「うん」
了解、と言って兄貴は部屋から出ていった。
――そのあとすぐ、あたしの携帯にもメールが届いた。
……………………
FROM:野川さん
明後日、BLUEで待ってます。
……………………
* * *
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