3.
第30話
「えっ? 違う曲にするの?」
部室にあった『軍隊ポロネーズ』の楽譜を差し出した紗奈は、受け取ろうとしないあたしに目を丸くした。
「うん。気分じゃない、それ」
「そっかあ……これ弾いてるマキちゃん、かっこいいのに」
残念そうに楽譜を棚にしまう紗奈の背中に、今は、こんな元気のいい曲弾けないよ、と心の中で言い返した。
曲調が気分とリンクしないと、弾いている途中で急に苦しくなる。違う、違うと胸の奥で何かが騒ぎだすのだ。
「じゃあ荒井さんは今、どんな気分なの?」
ピアノ部の講師の先生は、大人しそうな見た目とは裏腹に妙にハキハキした口調でそう訊ねる。
ああ。なんだか、無性にベートーヴェンが弾きたい。
「『悲愴』が弾きたい気分です」
あらー、それは随分すさんでるわねー、と先生は明るい声で言った。絶対他人事だと思ってる、この人。
「じゃあいいわ、考えておいて。先に水上さんのレッスンつけるから」
「……はい」
三人しかいないピアノ室、三台並ぶ真ん中のアップライトの椅子に腰を下ろした紗奈と、先生の姿をぼんやり眺める。
紗奈はその両手を鍵盤の上に置くと、真剣な表情で楽譜を追いはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます