第29話

「ほら、反省はもうそれくらいでいいだろ」


トントン、と背中を叩かれて。


「……そうだね」


いつもならこれで元気復活、なんだけど。


どこかすっきりしない気持ちに、自分で首を傾げたくなってしまう。


「先輩も、声かけるんなら俺に言ってくれればよかったのに…」


「…あ」


そうだ。しまった。


今日訪ねて行ったことは、野川さんと“二人だけの秘密”だったのに。



『――なんかいいな、そういうの』



そう言ったときの野川さんの笑顔を思い出して、胸の奥が疼いた。


「……ごめんなさい」


――思わず口からこぼれ落ちたその謝罪は、誰に向けたものだろう?


「まあ、いいんだけどな。野川先輩はいい人だし。でも世の中そんな人ばっかりじゃないんだから、もっと気をつけろよ」


「…はい」



とりあえず、当分あそこには行きたくない気がする。いや違う、行けないんだ。野川さんと、顔を合わせて話せる自信なんてどこにもなかった。


明日は紗奈と、ピアノ部に顔を出そう。


それがあたしらしくもない逃げだって、そう自分で気づいてしまうことにさえも嫌気が差して、あたしはまた、ため息をついた。

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