第23話

その言葉に、伏せていた顔を上げた。




――伝わった。



ほっとした。そして、ちゃんと伝わったことに胸がじんわり温まる。


野川さんの目に映った自分の姿を見て、ひととき、息を止めた。


「だから蒔子ちゃんに来てほしくなったんだ。今日、俺たちのバンドがスタジオ練習するから、見ててくれるかなと思って」


「本当に? いいんですか?」


また体温が上がっていくのがわかる。初めてライブを見た、あの日の感覚だ。


「だけど」と、野川さんは決まりが悪そうに目を逸らす。


「今日蒔子ちゃんが来てるって、荒井……お兄さんに言ってないんだよな」


「ダメなんですか?」


「まあ。お母さんが厳しいんだろ?」


――あ。そうだった。


野川さんは苦笑いした。


「連絡だけでも入れておけば? 俺からもお兄さんに言っとくよ」


「あ、」


考えるより先に、野川さんの手を制止した。


「蒔子ちゃん?」


「いいんです。今日は部活で遅くなるって言ってあったし……それに、兄は関係ないです」


――言葉って時々、考えるまもなく口から飛び出してくる。


それはまるで、魔法がはたらいたみたいに。


「だから、今日のことは、ここだけの秘密ってことで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る