第19話

「……出なきゃダメ?」


「だめ。先生も、いろいろ考えてくれてるんだよ」


仕方ない。去年は何弾いたっけな、今年もそれじゃダメだろうか。


「去年は『革命』だったよね、マキちゃん」


「そうだっけ……」


「その前は『軍隊ポロネーズ』だったよね」


「……そうだっけ……」


よく覚えてんなあ、紗奈。あたしはもう忘れたよ。


「紗奈は? 今年は何にするの?」


「曲はまだだけど、フォーレにしようと思ってるの」


「ふーん」


フォーレって誰だっけ、と思ったのは言わないでおく。


「今年も『軍隊』でいっかなー」


「……マキちゃんも新しいの弾けばいいのに」


「だって面倒臭いよ…」


「……先生にきいてみたら?」


先生、ね。あの人は苦手なんだよな。


「今日は部活行く?」


「……や、今度にする」


こんな中途半端な気持ちでピアノを弾いたって、虚しいだけだ。音だけが先走って、ちっとも気持ちが入らない。


だって。今あたしの心を占めるのは、ピアノじゃない。ロックなんだ。そんなの、どうしようもないじゃないか。


紗奈と話しているうちに、休み時間もあと三分ほどになっていた。


「次、なんだっけ?」


「古典だよ」


古典ね。


カバンからノートをひっぱり出して机の上に置いた。今日から漢文だったっけな。


なんにせよ、とりあえずピアノもロックも考えずに済む時間に、あたしはほっとしてため息をついた。

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