第16話

* * *



「兄ちゃん」


「……んー?」


部屋に籠もってパソコンとにらめっこしていた兄貴は、くるっと椅子を回転させてあたしを振り向いた。


「野川さんの連絡先、教えて。メールしたい」


「? どうした、急に」


「兄ちゃんが言ったんじゃん。『すごい』以外に言うことないのかって」


「ああ……」


兄貴は机の上にほっぽりだしてあったスマホを気怠げに掴むと、ぱぱっと何やら操作して、椅子に座ったままであたしの顔を見上げた。


「マキの携帯に送っといた」


「ほんと? ありがとう」


おー、と言ってまたパソコンに向き直った兄貴の部屋のドアをバタンと閉めた。


お邪魔しました、と心の中で呟いて、隣の自分の部屋のドアを開けた。


暗い部屋の中で、充電中の携帯がチカチカ光っている。


……さて、と。


メール画面を開いて、ついさっき、まとまってきたばかりの思いを文章にしていく。


すごく感覚的だったあの感動を、それでも感覚的な、本能的なものを損なわないように、文字に置き換える。


少し書いては、その無機質な文字を見つめて。違うと思えば、消して、また書いて、の繰り返し。


勉強とは違う頭を使って、無い文才を捻り出して。


それでも言葉にしないといけないと、そう思った。

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