第15話

そのとき、兄貴の携帯が鳴った。


「すみません」


そう言って画面を覗き込んで、顔をしかめる。


「どしたの」


「……時間切れ。母さんが、いつ帰るのかって」


「あー、」


手首の時計を見ると、もう七時を過ぎていた。


「すみません。そろそろ帰ります」


兄貴が申し訳なさそうに言うと、野川さんはいいよ、と手を振った。


「来てくれてどうもな。蒔子ちゃんも、ありがとう」


「こちらこそ、楽しかったです!」


まだまだ余韻に浸りたいけど、ゴハンを作って待ってる母さんを怒らせるわけにはいかない。


「また来ます。――マキ、行くぞ」


「うん」


最後にもう一度、あたりを見渡して、この光景を目に焼き付けた。


……さらば、あたしのライブデビュー。


「あ、そうだ。野川さん」


「えっ?」


目を瞬いた野川さんに、これだけは、と思って。


「最後の曲、とっても素敵でした!」


野川さんはまた目を瞬いて、そうしてちょっぴり顔を赤くして、はにかんだ笑みを浮かべた。


「ありがとう」


後ろ髪を引かれる思いでその部屋を出るとき。


「また来ます」


振り返ってそう言うと、その人は笑顔であたしに手を振った。


「待ってるよ」





――家へと向かう道中、あたしはずっと、あの音楽をどうしたら自分の中で消化できるのか、考え続けていた。

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