第120話 欺果

 湯浴みを終えて自室に戻ると、食事の準備が整っていた。

 白鱗魚の焔焼きとノマ豆のスープ、それから黒パン。

 デザートにはダンジョンベリーが六粒。


 一見質素だけれど、これでもかなり豪華な食事だった。

 魔物の肉が出ないだけマシというもの。

 魔物の肉は臭くてとても食べられたものではないのだ。

 それでも貴重な食糧であることに違いはない。


 ダンジョンには欺果ぎかと呼ばれる植物が存在する。

 瑞々しい果実。

 でもそれは見た目だけで、近づくと手榴弾のように弾け毒性のある種を周囲に撒き散らすのだ。

 種が肉体に刺さるとすぐに根を張り、取り除くには周囲の肉ごと抉らなければならない。

 それ用の器具も開発されていて、殉教者は皆それを持っていた。


 特に神経性の毒を持つ小さな種が厄介で、防具の隙間をすり抜けてくるし、傷が小さい上に患部が麻痺するから見逃してしまうことがあるのだ。

 そのまま放置してしまい、命を落とす。

 そんなことが頻繁にあった。


 なら欺果を避ければいいだけの話——と思うかもしれないが、そう簡単な問題ではなかった。

 欺果と呼ばれるくらいだから、中には本物の果実も混じっているのだ。


 このダンジョンベリーがまさにそう。

 割合は一割以下。

 それでも食糧に困る彼らは、危険を犯して採集するしかなかった。


 ただこの欺果にも使い道はあって、欺果の種には消臭効果があるのだった。

 乾燥させて擦り潰し、魔物の肉に練り込む。

 そうすることで臭いがかなり軽減されるのだ。

 魔物の油から作った蝋燭にも、同様に混ぜ込まれていた。

 ただそれは、毒で臭いを上書きしているだけに過ぎなくて、やはり人が食べていいような代物では——


「…………」


 ヨルは清潔な食事を口にするたびに、心が蝕まれていくような心地になる。

 それでも食べなければならない。

 自分が飢えたところで、救えるものなど何もないのだから。


 ヨルはダンジョンベリーの入った器をミックに差し出した。


「いらないのですか?」

「下の子——ドゥカルカだったか? に持って帰ってやれ」

「ああ、ドゥッカでしたら」


 ミックはなんでもないことのように答える。


「先日、ミレア様の元に還りましたよ」

「…………」

「生まれつき体の弱い子でしたからね。あの歳まで生きられただけでも幸運でした」

「……そうか」

「嫌だわ、ヨル様。そんな顔なさらないでください。私たちはとても恵まれているのですよ。こうしてヨル様に取り立てていただいているおかげで、私も子供たちも飢えずに済んでいます。なにより、子供はあと三人もいますし」


 確かに五人産んで三人が育っているなら、恵まれていると言えるかもしれない。


「でもだからと言って、子を失った痛みが減ずるものではないだろ」

「……ありがとうございます」

「なぜ礼を? 私は何も……」

「ヨル様が、あの子のために悲しんでくださる。それだけで十分です」


 ミックは微笑みながら、視線をそっと伏せた。

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