第119話 塗りつぶされた色彩
書籍化作業が一段落しました!
これからまた連載に力を入れていきますので、よろしくお願いします!
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王との謁見を終えて、ヨルは私室に戻った。
至尊の間と呼ばれる、王城の中でも一等室にあたる部屋だ。
ヨルの立場からすれば当然のことだけれど——
その部屋は酷く殺風景だった。
最低限の調度品しか置かれておらず、質素なんて言葉じゃとても表現しきれない。
まるで自罰傾向の表れのような、そんな部屋だった。
数少ない調度の一つ、古びたソファにヨルは腰掛ける。
ギシギシと骨組みの軋む音。
それがなぜだか心地いい。
目を閉じて、細く長く息を吐く。
微かに衣擦れの音がして、ヨルは扉に目をやった。
足音を立てずに接近するのは反意の表れとされている。
場合によってはそれだけで誅されることもあるのだ。
相手がヨルともなれば、ことさらに足音を響かせる者がほとんどだった。
けれどヨルは五感が鋭いからか、ドタドタとした足音がどうしても好きになれなかった。
それを察して、保身よりも気遣いを優先する者もいる。
「ヨル様」
呼び掛けられるまでもなく、相手が誰かはわかっていた。
「入れ」
そう声をかけると、扉が開き四十過ぎの女性——従者のミックが部屋に入ってきた。
ミックは恭しく両掌を見せる。
「お帰りなさいませ、ヨル様」
「ああ」
「あらあら、随分お暗いですね。灯りをおつけしても?」
ヨルが頷くと、ミックは蝋燭に火をつけて、薄い水晶の覆いを被せた。
ダンジョンで採れる希少な水晶で、光と熱を増幅して拡散する性質を持っている。
広い部屋を照らすにはやや光量不足だけれど、それでも寒さが少し和らいだような気がした。
蝋燭は魔物の油から作られたものだ。
ダンジョンによってかろうじて生かされている——そうつくづく思う。
「すぐに湯浴みの準備をいたしますね。それとも先に食事にいたしますか?」
「いや、いい。出立の準備をしてくれ」
ミックが目を丸くする。
「もうですか? 帰ってこられたばかりなのに」
「…………」
これでも遅いくらいだ。
本当は、あの場で決着をつけておくべきだったのに。
「少しくらい、お休みになられた方がよろしいのでは」
「必要ない」
「ヨル様がそうでも、お仲間は違うのではないですか? カーシス様なんて、ヨル様と別れた途端、気絶するように眠ってしまって、自宅まで担がれて運ばれたそうですよ」
「カッシが?」
「ええ。ダクタク様やパケル様も似たようなものだったとか」
「…………」
そうは見えなかった。
いつも通り——
いや、いつも以上に元気だったような気さえする。
「お三方とも、見栄を張っているのですよ」
「見栄? そんなもの、誰に張る必要があるんだ」
「そんなの決まっているじゃないですか。ヨル様にですよ」
意味がよくわからなかった。
「……気を使わせていた、ということか?」
確かにヨルは、いつも以上に暗く沈んでいたかもしれない。
ダンジョンを突破し、たどり着いた豊かな世界。
そこで遭遇した化け物。
その落差の衝撃は、今もなお尾を引いている。
ミックはくすくすと笑うと、
「まあ、そういうことにしておきましょう」
と言った。
含みのある言い方が気になったけれど、尋ねたところで答えてはくれないだろう。
「あらあら、まあまあ」なんて言ってかわされるだけだ。
「湯浴みの準備、いたしますね」
「……ああ、ありがとう」
用意された湯に浸かって初めて、ヨルは自分が疲弊していることに気がついた。
全身の筋肉がほどけ、バラバラになってしまいそうだ。
ほぅ、と息をつくと、微かに花の香りがした。
(また高価なものを……)
ヨルは贅沢を嫌う。
ミックもそれを知っているから、香りは本当に微かなものだ。
まさかバレるとは思わなかったのだろう。
その気遣いが、素直に嬉しかった。
目を閉じて大きく息を吸い込む。
瞼の裏に一面の花畑が浮かび上がる。
大地を覆う赤や黄、空の青と雲の白、遠くの森林の緑。
それは実際に目にした光景ではなく、幼少期に観た古い映像の記憶だった。
狂乱した先王が古い書物や映像を片端から燃やしてしまったから、あの映像も失われてしまっている。
あの光景は、もうヨルの記憶の中にしか存在しないのだ。
いつかあの景色を自分の目で見ることが、幼い日のヨルの夢だった。
大人になってヨルは知る。
いや、本当は当時からちゃんとわかっていた。
あの光景は、もうどこにも存在しないことを。
世界は薄汚れた灰色によって塗りつぶされてしまっているのだから。
(でも、あの世界になら、もしかしたら……)
記憶の中の花畑は、今もなお色褪せることはない。
下界の草原を歩いたからか、暖かな風を肌に感じることすらできる。
でも初めてだった。
その色彩の中に、人影が見えた。
あの男が——花畑の真ん中で佇んでいる。
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