第121話 出立
書籍発売に向けてタイトルを変更しました!
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ダンジョンに向かうことになったのは、それから三日後のことだった。
カッシが熱を出して倒れてしまい、回復までに時間を要したのだ。
「お姉様、ご迷惑をおかけしました!」
王城の前で落ち合うなり、
「気にするな。それより体調は問題ないのか?」
「はい! それはもう!」
「ならよかった」
「おい」
ダックが不満そうな声を出す。
隣にはパッケもいる。
「俺たちには何もなしか?」
「私のおかげで休めてよかったですね。感謝してください」
「こいつ……」
ダックもパッケも準備は万端だった。
ダックはヨルのフルアーマーよりも、さらに重厚な装備を身に纏っている。
パッケは速度重視の軽戦装だ。その上から毛皮のコートを羽織っていた。
ヨルもカッシも同じように、すでにフル装備。
普通の服よりも、防寒性能が高いからだ。
それに彼らはヨルの護衛の役目も担っているのだ。
英雄として崇められていると同時に、聖女の立場を捨てたヨルを快く思わない者も多かった。
他国や上界の脅威もある。
ダンジョンだけが危険なわけじゃない。
彼らは馬車に乗り込む。
王侯貴族御用達の豪奢な馬車で、幌はセリナフという魔物の皮で作られていた。
雪の結晶のような美しい鹿の魔物だ。
古い民間伝承で、セリナフを見かけると身内に不幸があるとされている。
元々は凶報を知らせてくれるありがたい存在だったのだが、時代とともに解釈が変わり、今では死の象徴として恐れられていた。
セリナフ素材は堅牢性が高いだけでなく、熱をほとんど通さない。
そんなセリナフの皮で覆われた荷台の空気は、自分たちの体温で次第に温められていく。
換気のための隙間風が心地いいと感じられるほどに。
「…………」
「お姉様、どうかされましたか?」
荷台の中を見回していると、カッシが尋ねてきた。
「……いや」
「そうですか?」
パッケが鼻を鳴らす。
「どうせこいつのことだから、この幌をバラして人々に配れば、とか考えてたんだろ。なにせ元聖女様だからな」
言い返してやりたかったが、図星だったから口をつぐむしかない。
「お姉様になんて口の利き方をするんですか」
代わりにカッシが苦言を呈し、ダックの脇腹を手刀で刺す。
不意と防具の隙間を突かれたダックが、ぐぅと唸り声をあげる。
「テメェ、なんで俺に……」
「手の届く距離にいたので」
「ふざけんな!」
「まあまあ、そんな細かいことはどうだっていいじゃないですか。ダックさんもパッケさんも同じようなものだし。私、未だにどっちがどっちか分かんなくなることがあるんですよねぇ」
「同じようなもんってなんだコラ!」
「全然似てねえだろ!」
「えっと……『なんだコラ』って言ったのがパッケさんで『全然似てない』って言ったのがダックさんであってますか?」
「逆だ馬鹿!」
「このガキ、どこまでも舐め腐りやがって……」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間たちに、ヨルはため息をつく。
緊張感のないその態度に、いつも呆れさせられてばかりだ。
でもそういうところに救われている部分があるのも事実で……。
ヨルは立ち上がり、幌をめくる。
身を刺すような寒風が飛び込んできて、仲間たちが同時に悲鳴をあげた。
怯えたネズミみたいに寄り添い、荷台の隅っこで縮こまる。
「やっぱり、この幌はない方がいいんじゃないか?」
「さ、騒いで悪かった!」
「謝る! 謝るから!」
「お姉様、どうかご慈悲を!」
幌を元に戻すと寒風が止む。
暖かい空気は消え去ってしまったけれど、それでも風がないだけで全然違った。
「……ダッケさんのせいでお姉様に怒られてしまったではないですか」
「おい、ひとまとめにすんじゃねえ」
「元はと言えばお前が……」
ヨルがまた幌に手を伸ばすと、三人はピッと背筋を伸ばして黙り込んだ。
「とにかく、俺が言いたかったのは」
パッケが誤魔化すように口を開いた。
「俺たちの目的は、目先の数人を救うことじゃねえだろってことだよ。ダンジョンは突破したんだ。俺たちは見てないけど、下界は豊かな世界だったんだろ? ならもう思い悩むことなんて何もない。俺たちは——お前は、この国を救ったんだよ」
「…………」
ヨルは返事をしない。
返事ができない。
「……お前が遭遇したって男のことか?」
ダックがそう尋ねてくる。
目顔で肯定すると苦笑が返ってきた。
「本当にそんなやつ居たのかよ」
カッシがダックを睨む。
「お姉様が嘘をついているとでも?」
「嘘とは言わねえよ。でも勘違いって可能性はあるだろ」
「お姉様が相手の力量を見誤るなんて考えられません」
そう反論するカッシだったけれど、その声には力がない。
条件反射でヨルの味方をしているだけで、カッシも本心ではヨルの話を信じたくないのだ。
やっとの思いでダンジョンを突破した。
命を賭けて——
いや、カッシはヨルに付いて行くと決めたその時に、命なんてとっくに捨てたつもりでいた。
まさか自分がここまで順応し生き延びられるなんて、夢にも思っていなかった。
それがどれほどの奇跡か、カッシ自身が一番理解している。
それなのに、下界で待ち構えていたのは豊かな世界と——
ヨルが逃げ去るようなバケモノ。
信じたくないというよりも、到底受け入れられないといった方が正しいかもしれない。
「あれじゃねえの?」
パッケが冗談めかした口調で言う。
「ほら昔の人間って、太陽の下でカメレオンみたいに肌の色を変えてたって言うだろ? そんな太陽の光を急に浴びて、頭が一時的にパッパラパーになってたんじゃね?」
パッケが言っているのは『日焼け』のことだろう。
太陽の光を長時間浴びると、霜焼けに似た症状が出るらしいのだ。
ただ『カメレオンみたいに肌の色を変えていた』というのは風説に過ぎない。
パッケもそれをわかった上で、ジョークとして口にしたのだろう。
敬愛するヨルをパッパラパー呼ばわりされて、カッシが反射的に噛みつこうとする。
「そうだな」
でもその前に、ヨルが口を開いた。
「そうであって欲しいと、私も思うよ」
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