第183話 見捨てたはずの

「カッシ! 前に出過ぎだ、自重しろ!」


 パッケがカッシを嗜める。


「——っ」


 カッシは悔しそうに歯軋りしながら、相手の間合いから飛び退った。


「なんなんですか、あの人はっ。どうして攻撃してこないんですかっ!?」


 カッシは弱い。

 もちろんこの場にいる時点で、最低限の戦闘能力は有している。

 でも単純な戦力で考えれば、カッシ以上の者は他にいくらでもいるのだ。


 ならなぜ、そんな彼女がヨルに帯同しているのか。

 それは彼女が最強の囮だからだ。

 小柄で華奢で、装備もモンスターからすれば裸も同然の軽装だ。


 小柄で軽装ゆえに回避性能がずば抜けて高いのだが……。

 特筆すべきなのは、彼女が本気で死んでも構わないと考えていることだ。

 それしか仲間に——敬愛するヨルに貢献する術がないからだ。


 だから平気で危険な一線を超え、まるで無防備ともいえる振る舞いができる。

 そんな彼女に接近されれば、敵はほとんど条件反射で攻撃を加えるものだ。

 そういう意味では囮というよりも餌に近いかもしれない。


 人間だって動物だ。

 それにモンスターには人間と同等かそれ以上に知能が高い個体もいる。

 そんな存在でも本能に逆らえず釣られてしまうからこそ、カッシは最強の囮たり得るのだ。


 なのに男は全く釣られない。

 囮に過ぎないとバレていたとしても、ここまで反応がないのは異常だ。

 そうなるとカッシはこの場にいないのも同然だった。

 地団駄を踏みたくなるほどもどかしく、実際彼女は少し涙ぐんでいた。


 他の三人も、カッシほどではないにしろ似た思いを抱いていた。

 男は剣を振るうものの、殺気をまるで感じないのだ。

 全ての攻撃がフェイントのようにすら感じる。


 度々攻撃が掠り、男はすでに全身傷だらけになっていた。

 にもかかわらず消極的な姿勢に変化はない。

 まるで進退窮まって戸惑っているようにすら見えるのだが……。


(……まさか、そんなわけもあるまい)


 きっと何か狙いがあるのだと、ヨルは一層警戒心を高める。

 だから圧倒的に優位な状況でありながら、イマイチ強く踏み込めないでいた。

 ヨルたちにしてみても現状は膠着しているのだ。


 だがなまじ優位な状況で相手に一方的にダメージを与えられているのだから、リスクを冒してまで状況を変える理由がない。

 その事実が余計に不安感を煽るのだ。

 そんな時だった。


「ヤメロ!」


 その声が割り込んできたのは。

 目は男に固定したまま、周辺視野だけで確認する。

 息を切らせた少女が出口の脇に立っていた。


 一目で脅威ではないことがわかる。

 カッシよりもさらに小柄。

 そもそも戦闘能力をほとんど持たない。


 だがノグレシアの民のような白い肌を持ちながら、髪は黒ではなく自分たちミレアの民のような金髪だ。

 そのパッチワークのような歪さが、少女を実際以上に危険に見せる。

 それに、これまでの男の不可解な立ち回りの件もあった。


 合流される前に仕留めなければ——

 パッケがそう判断したのも無理はない。

 それこそカッシの囮と同じように、ほとんど条件反射で体が動いていた。


 少女に向けて踏み込み、神速の突きを放つ。

 その一撃に男が強引に割り込んだ。


 脇腹を深く抉ったものの、致命傷には至らない。

 パッケと男が触れ合いそうなほど接近する。

 期せずして、最初の不意打ちと似た状況になる。


 だが決定的に違うのが、男の背後におそらく仲間だと思われる少女がいることだ。

 男は肩越しに少女を振り返り、すぐにパッケに視線を戻した。


 そして剣を振り上げて——

 ヨルは今度こそ、パッケは助からないと思った。


 だが剣が振り下ろされる直前に、少女の後ろからまた別の人物が飛び込んできて、男に背後から抱きついた。

 ヨルは思わず叫ぶ。


「ザガン!」


 その人物は、見捨てたはずの仲間だった。

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