第182話 尻尾巻いて

(この状況がいつまで続くんだ……)


 そんなことを考えてから「あれ? 本当にいつまで続くんだろう?」と本気で思う。

 俺の目的は彼らと友好関係を築くことだ。

 それが無理だとしても、とりあえず敵意がないことを示して争いを避けたかった。


 それが今やこの状況だ。

 なにより一番の問題は——

 この期に及んでまだ、人を傷つけたくないと思っていることだろう。

 防いでくれると分かっていても、刃物を人に向けて振るうことに強い抵抗がある。


 もしかしたら、もうとっくの昔に詰んでいたのかもしれない。

 この状況が打破されるとしたら、それはきっと俺の死をもってだろう。

 それ以外の結末が見えなかった。


”……あれ? 結構ガチで追い込まれてる?”

”このレベルになると余裕があるのかギリギリ捌いてるだけなのかわからんな”

”余裕なわけないやろ。こんだけ傷だらけになってんのに”

”ジローが血まみれになってる姿なんて初めてみるわ……”

”なんで攻勢に転じないんや。少なくともあのちっこい子は簡単に殺せるやろ”

”ジローが人を殺すとこはさすがに見たくないなぁ……”

”ジローが死ぬよりはよっぽどマシやろ”

”それはまあ、そうだけど……”


 こうなったらもう、選択肢は一つしかない。


(尻尾巻いて逃げるしかねぇ!)


 だがもちろん、それだって容易なことではない。

 曲がりなりにもやり合えているのは、こうして向かい合って戦う姿勢を見せているからだ。

 彼らに背中を向けるなんて、それこそ自殺行為だった。

 そもそも退路は一つしかないのだから、背中を向けて走り出せばいいって話でもないし。


 俺は彼らの猛攻を防ぎつつ、少しずつ出口の方へと近づいていく。

 焦ってはいけない。

 逃げようとしていることがバレたら退路を塞がれるかもしれないのだ。


 不自然にならないように出口を背負う状況にし、タイミングを見て駆け出す。

 階段を飛び降りて通路を全力疾走しゲートに突っ込む。

 彼らの立場からすると、俺を追ってゲートに突っ込むような真似はできないはずだ。


 俺にとっては見知った安全地帯でも、彼らからすれば未知の別世界なのだから。

 きっと罠や待ち伏せを警戒するに違いない。

 まあ実際は罠も待ち伏せもないから俺が優位になるわけじゃないんだけど、このどうしようもない状況をリセットすることはできる。


 そんなことを考えながら、ポーションを飲もうとポーチに手を伸ばす。

 その動きに連動するようにフルメイルが踏み込んできて大剣を振るう。

 なんとか躱したけれど、今の一撃はマジで危なかった。


 フルメイルは明らかに、俺の動きを見切り始めている。

 連携されるのは厄介だけれど、フルメイルが他の三人と足並みを揃えてくれるのは、俺にとってむしろ僥倖なことなのかもしれない。

 フルメイルが一人で突っ込んでくることの方が、俺にとって恐ろしい。


 でも他の三人も少しずつ俺の動きに慣れ始めているし、脅威なのは間違いない。

 早くしないと、逃げ出すことすら出来なくなるかも……。


 俺は内心で焦りながらも、気取られないようにあえて出口の方を見ないようにしていた。

 するとまさにその出口から、声が飛んできた。


「やめろ!」


 ハッとして視線だけをそちらに向ける。

 息を切らせたキャスパー博士がそこにいた。

 どうして——

 頭が一瞬真っ白になるが、動揺は俺よりも別世界の人たちの方が大きかったようだ。


 それもそうだ。

 彼らはキャスパー博士のことを何も知らないのだから。

 彼女が戦闘力を持たないことも、叫んだのが制止を求める言葉であることも。

 彼らからしてみれば増援が——新手の脅威がやってきたようにしか思えなかったのだろう。


 動いたのは、一番近くにいた槍使いの男だった。

 ファーストコンタクトの時に俺に対してやったように、博士に向かって踏み込み神速の突きを放った。

 俺はその攻撃に横から強引に割り込む。


 脇腹を抉られて、激痛が走った。

 でもそんなことはどうでもいい。

 俺は肩越しに振り返る。


 博士は無事だった。

 けれど右の頬から耳にかけて、一本の線が走っていた。

 その線を万年筆でなぞるように、血がじわりと滲み、つっと博士の白い肌を伝う。


 それを目にした途端、脳の奥の方にパチパチと電流が走るような感覚があった。

 俺は衝動的に、槍使いの男に向かって剣を振り上げていた。

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