第162話 ドロヘドロ、とりあえず生で

 どれくらい眺めていただろう。

 エンドロールが流れるようなことはなく、延々と映像が続く。

 ループしているのかとも思ったけれど、多分そうじゃない。

 少なくとも俺が眺めていた範囲では、同じ映像が映し出されることはなかった。

 もう一度見たいなと願っても、あの日のあの景色と同じように。


 遠い過去の映像記録ということは、詳しく調べれば未解明の新事実が色々と見つかるかもしれない。

 フィルムなのかデジタルデータなのか、それともダンジョンの特別な何かなのか。

 映写室を漁って映像を持ち帰ろうかな、と俺は考えた。


 きっとキャスパー博士が喜ぶ。

 いや、どうだろう。

 彼女はダンジョン研究家だ。

 記録されているのが地上の出来事なら、そこまで関心を持たないかもしれない。

 それでも貴重な資料であることは間違いなかった。


 でも俺はそうしなかった。

 これは俺のために用意されたものではない。

 プレイヤーの行動がきっかけで始まるゲームのイベントのような。


 むしろ別世界の住人のためのものな気がする。

 これから侵略する先の世界の映像なんて、武器なんかよりもよっぽど有用だ。

 そう考えると、これが遺跡の最奥で流れているのも妥当な気がした。


 なんにしても——

 この映像はきっと、俺が生まれるよりもずっと以前から、ここで誰に観られることもなく流れ続けていたのだろう。

 どうしてだかはわからないけれど、これからもそうであって欲しいと思った。

 世界が滅ぶようなことがあっても、せめてこの映像くらいは。


「……いや、そうさせないために、俺はここにいるんだよな」


 こんな大問題に俺なんかが出しゃばっていいのだろうか、という思いは今もある。

 むしろ何もしない方がマシなんじゃないかとさえ。


 アマンダに頼まれていなかったら、間違いなく俺は今ここにいない。

 人のせいにするとかじゃなく、一つの事実として。

 だから「俺が世界を救うんだ!」なんて、そんな大それたことは口に——いや、胸のうちでひっそりと思うことすら出来ないけれど。


「……それでも、やれるだけのことはやろう」


”ジロー……”

”なんかグッときた”

”いかん、雨が降ってきたな”

”こっちはゲリラ豪雨ですわ”


「そうと決まれば……」


 俺は目元を拭い、立ち上がった。


「まずは腹ごしらえだな。ボスガイアの血抜きも終わった頃だろうし」


”お前……”

”いや、まぁ、確かに食事は大事だよね”

”飯に関することだけは絶対に覚えてるんだよなこいつ”

”他のことはすぐ忘れるのにな”


 なんか泣いたら色々とスッキリした。

 これが涙活というやつだろうか。

 俺はルンルンとした気分でボスガイアの元に向かう。


”鼻歌歌いながらスキップしてやがる……”

”どんだけ楽しみやねん”

”初恋の人とのデートとかじゃないと説明つかんレベルの浮かれっぷり”


 そうしてあの吹き抜けのエリアにまで戻ってきたんだけど、


「うっ……」


 酷い悪臭に、俺は顔を顰めた。

 臭いの原因は当然、ボスガイアの死骸だ。

 血抜きのために吊るした、そのちょうど真下にドロドロとした物体が堆積していた。


「うげ……な、何これ? ドロヘドロ?」


”ドロヘドロ?”

”なんで急に名作漫画の名前を”

”もしかしてベトベトン?”

”ああ、なるほど”

”よくわかったな”

”ちょうど昨日『ジローの勘違い&言い間違い集 part6』を観たとこだったからなんとなく”

”そんなんが part6 まで作られてんのかよ”

”いや17まであるけど俺がまだ6までしか観れてないだけ”

”なんなん”


 血の臭いに別のモンスターが寄ってきたのかと思ったけれど、近づいて確認すると、そうじゃないことがわかる。

 吊るした外骨格の中身が空っぽだったのだ。


「あ、自重で中身が落ちちゃったのか……」


 血抜きどころか肉そのものが抜けてしまった。

 外骨格と本体は癒着しているものだと思っていたけれど……。


(もしかして貝柱みたいな感じでくっついてただけなのかな?)


 理由はどうであれ、俺がやるべきことは一つ。


「ま、まずは焼いてみるか……」


”マジかよ、これを食う気なん?”

”ほぼ積み上げられた馬糞やん”

”さすがゲテモノ喰いのジロー”

”いや生で食べようとしないだけ、ジローもかなり引いてると思う”

”だな。基本的に初めての食材は味見と称してそのままいくから”

”ジロー「とりあえず生で」”


 燃やせそうな木材や廃材を集めてきて火を起こす。

 ボスガイアの肉を切り取って——ボットン便所の汲み取りをした時のことを思い出した——火で炙る。


「うわ……」


 臭いはマシになるどころか、むしろ吐き気を催すレベルになる。

 滴る肉汁は、ほぼ吐瀉物だ。


「いやでもまぁ、臭いがきついものほど美味いって言うし……」


”これはもうそんなレベルではないやろ……”

”過去一のグロ映像”

”画面越しですら吐きそう”

”何これ……”

”過激派の飯テロやん”


 ぱくりと口の中に放り込んでみて——


「おぉおおぇええっ!」


 全力で吐き出す。

 カエルみたいに胃が飛び出るかと思った。

 いやできればそうしたい。

 胃をひっくり返して洗いたい。


”嘘やろ……”

”ゲテモノ喰いのジローが……”

”太陽が西から昇るレベルの衝撃なんやが……”

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