第161話 名前のない悲劇
何かしらの機械類が散乱した狭い部屋に足を踏み入れる。
大きな棚や机もあって、工房のような印象を受けた。
ダンジョン文明のアーティファクトとしてはとても興味深いんだけど、役立ちそうな武器やアイテムはやはり見つからなかった。
ふと、部屋の一角に小窓があることに気づく。
覗いてみると、開けた空間が目に飛び込んでくる。
床が棚田みたいになっていて、たくさんの椅子が並んでいた。
半分以上が原型を留めていなかったけれど。
(劇場?)
そう思ってから、映画館だと思い当たる。
「あ、じゃあここってあれか。映写室とかいう」
改めて部屋を見回してみると、どことなくニュー・シネマ・パラダイス感がある。
いや、そんなことはないか。
あの映画で映写室の存在を知ったから、そう感じるってだけかもしれない。
ともかくここが映画館だと知り、期待感が膨らむ。
なにせこの剣は屋上遊園地で見つけたのだ。
なら映画館にも何かしらのアイテムがあるかもしれない。
遊園地がユニコーンなら、映画館は……。
「ふふ、映画泥棒の尻にバールのようなものがブッ刺さってたりして」
”え? どういう意味?”
”急にどうしたんや……”
”下ネタか?”
”ジローらしくない”
”いやむしろらしいやろ。ダンジョンとセックスするようなヤツやぞ”
”マジ?”
”噂やけどな。しかもジローがウケだったっていう”
”ダン×ジロは草”
これまで以上に念入りに探索する。
倒れた棚をひっくり返したり、机の引き出しを一つ一つ確認したり。
それでもめぼしいものは何もなかった。
「初期ダンジョンより渋いぞ、これは」
よっぽど古いダンジョンなのか、それとも……。
(別世界のダンジョンだから?)
世界を旅して学んだのは、当たり前が当たり前じゃないということだ。
蛇口をひねれば水が出るのも、道路が整備されているのも、街灯が夜道を照らしているのも、国が健康で文化的な最低限度の生活を保証してくれているのも。
それまで当たり前だと思っていたことが、何一つ当たり前じゃなかった。
(ぽんぽんとアイテムが手に入ると思っていることの方が、おかしいのかな?)
そんなことを考えた、その時だ。
「ん?」
薄暗い通路。
その突き当たりが、ほんのりと明るくなっていた。
飛んで火に入る夏の虫のごとく、ふらふらと近づいていくと、そこはキャパが五十人程度の狭いシアターだった。
そして——映画が上映されていた。
無声映画なのか、それともオーディオ機器が壊れているのか。
スクリーンは破け、ただただ静かに、でこぼこの壁に映像が投影されていた。
「……電気、通ってるんだ」
予想外すぎる光景に、ずれたことを口にしてしまう。
シアター内を見回してみたけれど、危険はなさそうだった。
モンスターの姿もないし、トラップなどでもなさそうだ。
俺はシアターの中央、比較的綺麗な座席に腰掛けた。
”なんなん、これ……”
”マジで頭がおかしくなりそう”
”特殊どころじゃないって。異常ダンジョンって呼んだ方がいい”
”なんかコロコロ映像が切り替わってるな”
”映画の切り抜きとか?”
”特定班、がんばってくれ!”
「あ、ノーモア映画泥棒」
ドローンが映像を撮っていることに気づき、こちらを向かせる。
危ない危ない、俺の尻にバールのようなものを突っ込まれるところだった。
実際、海外の刑務所だとお尻の穴まで調べられるらしいし。
”おい! そんなこと気にする状況じゃないやろ!”
”貴重な資料が……”
”海外のリアクション動画かな?”
”反転透過処理した小さい映像でいいから映してくれっ。頼むっ”
長くても五秒程度、短いものは二秒にも満たない時間で、次の映像に切り替わる。
時代も場所もバラバラだった。
ただ一つ確かなのは、それは俺たちの世界を映したものだった。
最初は映画のワンシーンを切り抜いているのだと思った。
だって古代ローマっぽい市場とかが出てきたし。
でも眺めているうちに、そうじゃないらしいと、なんとなくわかる。
どの映像も、きっと本物なのだ。
様々な場所の様々な時代を、実際に映し取っているのだ。
どうやって映像に収めたのか、なんて問いは無意味だろう。
ここはダンジョンなのだから。
「あ……」
人が鮨詰めにされた部屋。
一瞬だけだったけれど、あれはガス室だった。
ホロコースト。
それだけではない。
魔女狩り、飢饉、奴隷貿易、略奪、空襲、異端審問、大火災、十字軍、虐殺、テロ、疫病、粛清——
そんな、歴史的悲劇の断片。
いや『断片』なんて表現するのは間違っているだろうか。
それぞれにそれぞれの悲劇があるのだ。
それを部外者がパッケージングして、分かりやすくラベルを貼っているだけで。
世界は名前のない悲劇でできている。
とはいえ、何も辛い映像ばかりが流れているわけではなかった。
ただの風景だったり、むしろ大半が平凡な一瞬を切り取ったものだ。
靴紐を結び直す指先、濡れた石畳、波打ち際の猫、湯気の立つ食卓、森を歩く旅の一団、薄汚れた軍手、種を植える少女の背中、雨ざらしの洗濯物、篝火に照らされた城門——
多分なんの作為もなく、この世界の一瞬一瞬を切り取っているのだろう。
悲しいわけでも、感動しているわけでもない。
なのに……。
”え? なんかジロー泣いてない?”
”ジローの涙なんてセルフ食育以来や”
”一体どんな映像が……”
”時計じかけのオレンジかな?”
決して美しいばかりじゃないけれど——
それでも俺は、この世界を愛おしいと思った。
どうしようもないほどに。
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【補足】
「ダン×ジロ」や「セルフ食育」は書籍版第1巻に出てくるネタです。
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