第115話 弔い

 そうやって少しずつ少しずつ、時間をかけてズタズタに削いでいく。

 それでもノグ=サルアインは、決して攻めっ気を失わなかった。

 神殿内を飛び回りながら、常に隙を伺い、攻撃を仕掛けてくる。

 自分が狩る側なのだと、妄信的に信じているみたいに。


 そして最後の最後になって、ようやく自分が狩られる側だと自覚した時には——

 体の大半を失い、ろくに動くこともままならなかった。

 そんな惨めな神を、ヨルは大剣で両断する。


 決着だった。

 爆発するような歓声。


 ただダンジョンをクリアしただけではない。

 彼らにとって、国を救ったのと同義なのだ。

 あるいは家族を、友人を。


「酒がねえのが惜しまれるな」

「ふっふっふっ」


 ダックの言葉に、カッシが意味ありげな笑い声で応える。

 ボス部屋を出ていくと、すぐにレンガほどのサイズの包みを持って戻ってきた。

 丁寧に梱包されたそれを解くと、中から出てきたのは——


「肉っ!」


 ダックとパッケが同時に声を上げる。


「なんで、そんなもの……」

「どうしたんだよ、それ」

「実は出発前に、王様からたまわっていたのです」

「マジかよ」

「お前、よくここまで……。独り占めしようとは思わなかったのかよ」

「するわけないじゃないですか。ちゃんとお姉様と二人で分けようとしましたよ。そういうのは良くないと叱られましたが」

「テメェ! 同じじゃねえか!」

「寄越せ! お前が持つな!」

「うるさい! この肉は私が王様から賜ったんだ! どう分配しようが、私の自由だ!」

「ぐっ」

「それを言われると……」

「分けて欲しくば、私を崇め奉れ!」

「お肉様!」

「太っ腹様!」

「その呼び方はやめろ!」


 きゃいきゃいと盛り上がる三人。

 どっちにしろお酒はないのだが、それでも十分すぎるのか、興奮はひとしおだった。


 彼らはさっそく調理の準備をする。

 そんな仲間をよそに、ヨルは神殿内に散らばる人々の死体に歩み寄って行った。


「何してんだよ、ヨル」

「弔ってやろうと思ってな」


 ダックの顔が不審げに歪む。


「下界の民をか?」

「ああ」

「さすがは元聖女だな」


 笑い混じりの声。

 でも不思議と、そこに嘲弄の色はない。


「そういう話じゃない」

「じゃあなんだよ」

「私たちが無事なのは、彼らのおかげだからな」


 初撃で腕を切り落とせたのも、相手が最後の最後まで交戦的だったのも、ノグ=サルアインが間違った学習をしてしまったせいだ。

 人間は取るに足らない存在だと。

 自分が狩る側なのだと。


 もしもそれがなければ——

 警戒され、消極的に立ち回られていたならば——


「……負けてたってのかよ?」


 ダックの問いに、ヨルは首を振った。

 その程度のことは、別に珍しいことじゃない。


 ヨルはクグリを思い出す。

 山に住むとされる、有名な妖怪だ。


 姿を見せず、ただただ後をつけてくる。

 わざと音を立てたりして、存在をアピールしながら。

 そうして相手が憔悴するまで、じっくりと時間をかけて獲物を追い詰めるのだ。

 山でクグリの気配を感じたら、すぐに引き返さなければならない。


 きっと山で遭難しないための、教訓から生まれた怪談なのだろう。

 でもヨルたちはダンジョンで、このクグリに実際に追い回された。

 姿を見せず、ただただ遠くから存在だけをアピールしてくる。


 寝たふりをして誘き出そうとしても、決して乗ってこない。

 追い詰めることだけを目的にしてるんじゃないかと、そう感じたほどだ。

 クグリの気配に気を取られて、普段なら問題なく対処できる罠にかかってしまったこともあった。


 最終的には、リスクを冒して、わざと別の魔物の巣に足を踏み入れた。

 後をつけてきたクグリも魔物に取り囲まれ、どさくさに紛れて討ち取ることができた。


 終わってみたら、なんてことはない。

 大して戦闘力もない、手が異常に長い猿に似た魔物だった。

 それでもヨルたちを苦しめたのは事実だ。


 そんなことは、一度や二度ではなかった。

 百や二百ですら、足りないかもしれない。

 ダンジョンは悪意に満ちた場所だ。

 そのことをヨルたちは誰よりも知っている。


 だからもしも、ノグ=サルアインが狡猾な戦い方をしても、取り乱すことなく対処できていただろう。

 ボス部屋という限られた空間で、他の魔物が乱入してくることもない。

 そういう意味では戦いやすいとすら言えるかもしれない。


 それでも——

 ヨルは散らばったノグ=サルアインの死体に目をやった。


「全員が五体満足でいられたとは、とても思えない」


 全員が生きていることが不思議なくらいで——

 さすがにそこまでは、言葉にしなかったけれど。


「ただの自己満足だ。お前たちは休んでいろ」


 ダックとパッケが顔を見合わせる。

 パッケは苦笑しながら肩をすくめると、ダックはカッシを振り返った。


「そっちは任せてもいいか?」

「もちろんですとも」


 三人で死体を拾い集めた。

 そして装備を脱がせ、神殿の隅に積み上げていく。

 丁寧に、隙間がないように。


 それが済むと、五歩ほど後ろに下がってから、鳩尾のあたりに右手を添えた。

 全ての生命は、いずれ一つになってミレヤ様の元に還るのだ。

 例えそれが、下界の民だとしても。

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