第114話 神殺し

 戦闘は長引いた。

 最初の不用意さはどこへ行ったのか、ノグ=サルアインはどこまでも狡猾だった。

 神殿内を飛び回り、こちらの間合いに入ってこようとしない。

 それどころか、手の届かない場所から投石してくる始末だ。


 ほとんど我慢比べの様相を呈す。

 だが、そんなことには慣れっこだった。


 ダンジョンは理不尽で不条理なものだ。

 ヨルたちにとって都合が良かったことなんて、一度たりともない。

 油断することも焦れることもなく、ただただ投石を防ぐ。


 先に痺れを切らしたのは、ノグ=サルアインの方だった。

 神はカッシに狙いを定めたのだ。

 その判断自体は間違っていない。


 カッシは小柄で非力な少女だ。

 一番後ろに陣取り、投石から守られている。

 ただでさえ小柄な体を縮こめる姿は、小動物のそれだ。


 弱い個体から狙われるのは、自然の摂理と言っていい。

 投石に怯え、群れから離れてしまったなら、なおのこと。

 無数の目を持つ神が、その隙を見逃すわけもなく——


 獣のように距離を詰める。

 そうだ、確かに見えていた。

 少女の口元に浮かんだ、嘲るような笑みだって——


 横合いから割り込んできた斬撃。

 ギリギリで腕を引っ込めたことで、残った右腕まで切断されることはなかった。

 それでも指先を切り落とされる。


「あまり無茶をするな」


 ヨルに注意され、カッシは嬉しそうに笑う。


「わかっております、お姉様」


 カッシは確かに弱い。

 もちろんこの場にいる時点で、常人離れしているのは確かだが。

 それでも他の三人に比べると、どうしても見劣りするのも事実だった。


 だけどカッシは自分の弱さを自覚していて、むしろそれを利用していた。

 無防備な姿を晒し、敵を惹きつける。

 端的に言えば、自分の身を囮にしているのだ。


 仲間に対する絶大な信頼——

 というよりも、それは殉教心に近いものだった。

 女神ミレヤへの。

 そしてそれ以上に、元聖女のヨルに対する。


 隙を晒してカウンターを狙う、なんてレベルの話ではない。

 カッシは本気で死んでも構わないと考えているのだ。

 それでヨルの役に立てるならと。

 狡猾な魔物ほど、彼女の誘いに抗えない。


「さすがはお姉様です」

「躱されたがな」

「指を切り落としたではありませんか! パッケとは大違いです!」

「うっせ」とパッケがすぐに言い返す。「俺だって肩を切り裂いただろ」

「目玉になったけどな」とダックが言い、

「そのせいで躱されました」とカッシが、ふぅとため息混じりに追い打ちをかける。


 ノグ=サルアインは水をかけられた犬のように、飛び跳ねながら距離を取る。

 そして瓦礫を拾い上げた。

 また元の木阿弥かと思われたが——


 ノグ=サルアインが瓦礫を振りかぶった、その瞬間だった。

 カウンターのように、投石が神の顔面に炸裂する。

 ノグ=サルアインが投げた瓦礫は天井を穿ち、パラパラと破片が落ちてきた。


「おいおい……」


 ダックがドン引きするように声を漏らす。


「実験だ」とヨルが返す。

「実験?」


 カッシの問いには、ノグ=サルアイン自身が答えてくれた。

 頬にアザを作り、口角からつっと血が垂れる。

 でもその傷が、目玉に変容するようなことはなかった。


「なるほど」


 言葉を交わすまでもなく、全員が理解する。

 全ての傷が、目玉になるわけではないのだ。

 切り傷でさえなければ——


 ダックが地面を踏み抜いた。

 地響きとともに、床に亀裂が走る。


「ハッ、脳筋が」


 パッケが槍の石突で、隆起した床を弾く。

 砕けた床が、散弾銃のようにノグ=サルアインを襲った。


 ノグ=サルアインは決して愚鈍な神ではない。

 距離をとったからといって安全ではないと知り、警戒心を高めていた。

 その広範囲の攻撃に、瞬時に反応して回避する。

 だが——


 ヨルはそれを見越して、先回りしていた。

 大剣を振るう。

 切断した左腕を、今度は根本から断ち切った。

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