第6話 宿屋の少女
冒険者登録を済ませた後、俺とユノは近くの宿へと来ていた。
そこは、ギルドで俺たちを担当してくれたスーリアの勧めで訪れた場所で、何でも彼女の古い友人がやっている所だとか。信頼できる人からの情報なら願ってもないこと。
ちなみに、時間は夕暮れを過ぎ、すでに日が沈んでしまっている。ギルド登録後、その場にいた他の冒険者と話をしていた――正確には、ユノだけだが――というのもあるが、遅くなった理由の一番は『見つけづらい』ことだった。
第一に、看板がない。元々は、友人の祖母が営んでいた宿だが、その人がなくなり、宿自体は一度畳んでいるという。その上で、スーリアのような伝手があって来た人はちゃんともてなすという、知る人ぞ知る場所といった様子である。
第二に、大通り沿いにない。小道を右に行ったり左に行ったりした所にあるため、見つけるのは困難である。幸い、目的の宿は他の住宅よりも大きく、目印として入口の扉にネコの立て札がかかっているという。
ようやく見つけた、ネコのマーク。俺はおそるおそる宿の戸を開く。
「いらっさっせー」
聞こえたのは扉につけられた鐘の音と、何とも間延びした、それでいて少し雑な挨拶であった。
向かって真っすぐにカウンターがあり、そこに体を預けてうなだれている――訂正、だらけている薄い桃色の髪をした少女こそがスーリアの友人なのだろう。
なんと声をかけていいか分からず、俺は少しの間固まってしまった。宿屋の少女は眠たげな眼差しを返すのみで、何も言葉をくれない。
どうしたものかと口をもごもごしていると、後ろにいたユノがぼそりと呟く。
「…くそ陰キャ」
「うっさいわ。んんっ――すみません、ここって宿屋であってますよね?」
「そだよー、たまたま見つけてくれたってわけじゃあないよね? すーちゃんにいわれてきたひと?」
「ああ、宿を聞いたらここを勧められたからな。部屋は空いてるか?」
少女は「まってねー」と返事をしながら、カウンターのしたからノートを取り出す。ペラペラとページをめくりながら、小さなあくびをした。椅子を軋ませ、ゆらゆらと揺れ高と思えば、そのままひっくり返ってしまった。
――ほんと、大丈夫だろうか…。
少女は椅子を戻し、起き上がってから呟く。
「あいてるんじゃない? わかんないけど」
本当に大丈夫なんか!?
喉元まで上がってきた突っ込みを抑え、適当な苦笑だけ返した。すると、ユノが少女の側に近づく。
「ボクはユノっていうんだ。お姉さんは?」
「シュリだよー、ここにはしばらくいるの?」
「兄さん、どうするの?」
「俺に振るなよ…お金の問題が解決するまではこの町にいるつもりだけど。まあ、この辺は成り行きに任せてもいいんじゃないか」
「だってさ」
「何で一回中継するんだよ。――まさか、そのレベルで人と話ができないとおもってるんじゃないだろうな!? 人のことなんだと思ってんだ! おいこら、ユノ!」
「シュリさん、それじゃあ部屋までおねがいします」
「はいはいー」
俺のことなど二人には眼中にないようで、さっさと奥にある階段で上へと消えていく。納得いかないまま、俺は後を追いかける。
宿の中を歩きながら、なんとなしに建物全体を観察する。
日が暮れて暗く、外からはよく分からなかったが、この宿は思った以上に綺麗であった。ギルドが特別老朽化しているようには見えなかったが、ここは正直新築と言っても遜色ない見た目である。至る所に手入れが行き届いており、民宿のようなものと思っていたが、これではまるでホテルだ。
シュリの案内によって二階奥まで移動する。ユノが嬉々として扉を開くと、そこは更に綺麗だった。部屋自体はベットと机が一つとシンプルだが、隅々まで掃除が行き届いていることが分かる。
「わあ、ふかふかだ―」
いの一番にベットへと横になるユノ。ゴロゴロと転がり、一瞬でシーツと布団をぐちゃぐちゃにしてしまう。それが少しうらやましくて、思わずため息を吐く。
すると、後ろからシュリが俺の手を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
「おにいさんのお部屋はあっちだよー」
「わ、ちょ、ちょっと!」
シュリの力は思ったよりも強く、体格はユノとそう変わらない彼女に体が持っていかれていた。向かいの部屋まで案内され、そちらもとても綺麗にされていたが、とてもユノと同じようにすることはできなかった。
「おにいさんも、ふかふかしないの?」
「そうしたいが、お金がな…」
「お金なんて、きにしない」
「それは流石に…そもそも、何でそんなことを? 俺たちは深い仲でもなけりゃ、スーリアさんと特別親しい訳でもない。よくされる理由が分からないのは、失礼だが――不気味だ」
シュリの気遣いにどうにも理解できなかった俺は複雑な気分になり、少し声を荒げてしまった。シュリはそれでも優しい表情で返す。
「ここはおばあちゃんの宿屋。みんなにやさしく、みんなが戻ってきたいとおもえる宿屋…だった。わたしにそんなことはできない。こんな、のんびりしすぎるわたしには」
「だったら、どうして…」
「できないけど、あきらめたくない――それだけ」
「そんなの…」
シュリはとてもまっすぐで、俺は何だかみじめな気分になって、続く言葉が見つからなかった。
つっかえる喉からようやく何かが出そうになったその時、背後からの衝撃で飲み込んでしまう。
「兄さん! ここボク気に入った!」
「ぐへっ!? …後ろからタックルするな、危ない。ったく――シュリさん」
俺はため息交じりに声をかける。
「なにー?」
「あなたの厚意には素直に感謝したい。けど、
「…うん、わかった。じゃあわたしはごはん作ってくるねー」
彼女はそれだけ告げると、俺とユノの横を抜けて下の階へと消えてしまった。あの言い方から察するに、食事も用意してくれるようだ。頼んでいないのにまた、健気なことだと呆れを通り越して感心してしまう。
休める場所ができた。それだけで俺の緊張の糸は解れ、どっと疲れが押し寄せる。
満を持して、俺はふかふかのベットに体を預け――
「どーーーんっ!!!」
直前、ユノがベットへ頭からダイブする。その勢いはさっきの比ではなく、完全に布団がお釈迦になってしまった。それを見た時、俺の頭からプツリと何かが切れる音がした。
「へへー、ふかふ――か…兄さん、どうしてそんな怖い顔してるの? ね、ねえ、どうしてそんなゾンビみたいな…ちょっ、やめ」
それからしばらく、お説教という名の嫌がらせやら辱めやらでストレスを発散するこ30分、シュリの声に反応して、下の階へと降りた。
「…たのしそうだったね」
「いやいや、そんな。楽しそうなのは妹だけさ」
「………」
「そう…?」
あんなにはしゃいでいたユノが、ほんの数十分見ない間に一言も話さなくなっていたために、シュリも呆れた様子で俺を見つめた。
別に、変なことはしていないさ。ただ布団でベットに固定した後に、全身くまなくくすぐっただけのこと。その所為か、今でもユノは体をピクピクと震わせている。
その後はとても賑やか夕食となった。シュリが出してくれたのはパンに兎肉、芋のスープにサラダと思った以上に豪華だった。残念ながら、米の文化はこの辺にはないようで、手に入れるにはそれなりに苦労するとか。文化でいえば、風呂も贅沢な代物のようで、体を洗う方法についても考えておく必要があるだろう。
「冒険者に必要なものって、あとは何だろう…」
「やっぱ剣だよ、剣。槍でもいいけどね」
俺の独り言に嬉々としてユノが反応する。彼女は俺用の部屋のベットに横になってゴロゴロとしている。俺の部屋なのに、という思いはもう口にする気も起きない。
「武器か…やっぱ冒険者ってのはモンスター的なものと戦わなきゃいけないのか」
「ボクカッコイイ剣が欲しい! 例えば『
『
そんなものあるわけないだろ、と突っ込む直前、部屋の扉が静かに開かれた。
「はなしは聞かせてもらったー」
「聞くなよ、あとノックはしろよ」
「シュリちゃん…それって、もしかして」
俺の言葉は誰にも届かず、ユノがシュリの言葉に目を輝かせる。
「武器、ほしいんだね?」
にっと歯を見せ、今日一番の表情のシュリがそこに立っていた。
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