第3話 最初の町ってやつ

「うへぇ、全身びしょびしょ……。気持ち悪い」

「地面の染みになるよりはマシだろ。ま、良くも悪くも『言い訳』が生まれた訳だし」

「よくはないよ! あやうくボクのカードがぐちゃぐちゃになるところだったんだよ。そんなの、耐えられない……」

「だからそんなもの持ってくるから――」

「でも持ってたからこうやって異世界にまで一緒なんだよ。」

「だったら多少のトラブルには目をつむってくれよ」



 ひと休みした後に互いの安否を確認し終え、今は壁沿いをひたすら歩いている。その間も、唯乃ユノはカードのことでキャンキャンうるさいのがだいぶ耳障りだが、不治の病なので諦めることにした。


 壁というのも、飛び出した先は川とそれに囲まれた高さ数メートルの壁があった。おそらく、川沿いに街を建て、川と街との間に外壁を築いたのだろう。この外周を歩いていれば、いつかは出入口に当たる、というわけだ。


「お、見えてきたな」


 横を走る川の先にはそれなりに大きな橋が架かっており外壁には門が設置されてある。近くには衛兵と思われる甲冑に身を包んだ2人立っており、談笑しているようだった。


 こちらが衛兵に気づくと同時に、衛兵もまたこちらに視線を向けた。相方に一言告げると、こちらへと駆け足で近づいてくる。


 そこに来て、ふと「言葉」の問題を思い出してしまった。兜越しだとはっきりとは言えないが、少なくとも日本人ではないだろう。


「—――どうしたんですか!? そんなずぶぬれに…。風邪引いてしまいます」


 とりあえず言葉は理解できるようだ。


「いやぁ…ハハハ。まぁ、そのー、いろいろあってね」

「いろいろって。とりあえず、身分証はありますか?」

「こんな状態だ。なくしてしまって、悪いが無いんだ」

「わかりました。では、仮身分証を発行するので門の前までお願いします。おーい、タンタ。お客さんだぞ」


 そう言うと、衛兵は門の横にある扉の奥へと消えて行く。

 門の前までたどり着くと、もう一人の衛兵――タンタと呼ばれた人が声をかけてきた。


「大丈夫かよ、おい」

「何とか、ね。というか、こう──」

「?」


 俺は何と表現すればいいか悩み、歯切れの悪い言葉が口端から漏れる。それを見た唯乃が前へ出た。


「兄さんはもっと疑われると思ってたんだよ。『怪しい奴らめ、捕らえよ!』って感じでね」

「あーはいはい、怪しい…ね。つっても、オレ達は門番やってもう5年だからな。悪い奴かどうかの判別は何となくつくし、その気になりゃあ、顔を見なくたって相手の喜怒哀楽がわかるさ。その上で、アンタらは悪い奴じゃねぇだろって思っただけだ。ま、危機感が薄いのは認めるぜ。そういうキチキチしたことは全部ルシル――さっきのやつに任せてんだ」

「そうか、そりゃ良かった」

「逆にな、そんなオドオドしてる方が怪しいってもんよ。もっとピシっとしろって。隣の嬢ちゃんははっきりしてんのによ。なあ?」

「そうだよ、兄さん。人見知りもたいがいにね」

「人見知りってわけじゃ…」

「気にすんなって。出来のいい妹さんじゃねぇか。意地張ったていいことねえからな。なあ、嬢ちゃん」

「そうだよ、兄さん」

「ほらほら、兄貴ならもっとシャキッとしとけ、な?」

「はあ…」


 バシバシと背中を叩かれ、唯乃とタンタのテンションに置いていかれた俺の口からは乾いた愛想笑いが聞こえた。悪い人ではないのだろえが、はっきり言って苦手なタイプだ。

 そんな話をしているうちに、最初の門番――ルシルが戻って来た。


「お待たせしました。こちらが仮身分証です」


 渡されたのはカードサイズの金属板だ。アルミのような金属2枚に青銅色の別の板がサンドイッチされている。板の表裏には何やら模様のようなものが刻まれており、間の青銅版はほのかに温かい。


「仮身分証の有効期限は3日。今日から数えて3日目の夕刻までにここか、衛兵の詰所まで返しに来てください。期限が過ぎたり、壊したりすれば衛兵が飛んできて、即刻追い出されてしまいます。あと、壊したり失くしたりしたら罰金です。即時の支払いがかなわない場合、大変なことになりますのでお気をつけください」


 ルシルの横でタンタが親指を伸ばし喉元で一閃。直接的なとらえ方なら首が飛ぶことだろうが、察するによくて『追放』、最悪『奴隷落ち』といったところだ。


「わ、分かった。今更だが、俺たちの名前とか聞いとかなくていいのか?」

「仮身分証ですので名前の登録は不要です。返しに来る際の証明はそれが渡されてからの時間経過を記録されていますので、いつ、誰に渡したかはそれで判別できます」

「仮身分証は借りたが、ここじゃあ、通常の身分証はどこで手に入る?」

「街の中心にある『中央会館』か、そこから右に行ったところの『冒険者ギルド』で可能です。とは言っても、路銀も何もないですよね。手持ちが無いなら、ギルドでのみ発行できるかと」


 ――ギルド。なんとまあ聞きなじみのある言葉だろうか。この世界にもそういうものがあるのか、あるいは。余計な邪推はよしておこう、今は目の前の問題を解決するべきだ。


「ギルドだったらお金いらないってこと?」

「半分正解だな。ギルドでも手数料や身分証の発行やらなんやらに代金は必要だが、帰属登録すりゃあ減額される。加えて後払いが可能だ。これも3日以内に支払えなければ晴れてお尋ね者ってわけよ」

「お尋ね者だと晴れないでしょ。森でも化け物に追われたのに、街中でも追われたらオシマイだよ」

「違ぇねえな。でも捕まったら身ぐるみ剝がされるわけだし、真っ裸ならやっぱり晴れやかな気分に――」

「ならないよ!」


 唯乃とタンタが騒がしい。もちろん、いい意味でだ。


 元気に振舞っていたが、唯乃も内心不安であったはずだ。口数が少なかったのはそれが原因だろう。それを知ってか知らずか、タンタという衛兵は彼女に過剰に絡んでいた気がする。『相手の喜怒哀楽がわかる』って言ったのは割と真に迫るレベルなのかもしれない。返事をする唯乃も、いつの間にか元気になったようだ。


「そろそろ行くぞ。色々とありがとうございます」

「いえいえ、これも私たちの仕事ですから」

「おう、元気でな、嬢ちゃん。あんちゃんもな」


 暖かい見送りに包まれながら、俺たちは橋を渡り、ようやく門の向こうへと足を踏み込んだ。同時に背後からタンタとルシル、二人の声が聞こえた。


「「ようこそ、『トゥーリア』へ!!」」


 一言でいえば、そこは未開の大地だった。

 見慣れない建築様式の建物が通りを挟むように左右に広がっている。人はもちろん、馬車のようなものも闊歩かっぽし、通りと建物の間には市場のように出店が広げられている。ここから一見するだけでも、肉や果実などの食糧の他に、剣に盾などの武具、耳飾りや腕輪などのアクセサリーとどこを見ればいいかわからないほど豪華絢爛ごうかけんらんな風景であった。


「すごい絶景…」

「だな。本格的に異世界に来たって感じで、正直落ち着かないな」


 唯乃も俺も圧倒されてしまい、言葉を失っていた。しかし、残念な点もある。街行く人はといえば、少し拍子抜けであった。


 自分のイメージは多種多様な人種が共生しているものと思っていたが、どこを見ても容姿は純人間そのもの。それなりの人数がいることも考えれば、たまたまいないというより種族間の仲が悪いと考える方が妥当かもしれない。顔立ちの違いもあまり見られず、逆に言えば、俺や唯乃の方が見た目も服装も目立つだろう。


 一軒ずつ見て回りたいところだが、如何せん金がない。店に行っても冷やかしだと叱られかねないし、路地裏で刺されて時間をループするのもごめんだ。宿についても考えねばならない。食糧もそうだ。ここは一刻も早くギルドまで行くべきだ。


「唯乃、分かってるとは思うが、寄り道は無し――」


 伸ばした手が空を切り、ふと横を見る。本来そこには、とても撫でやすそうな高さに小さな黒髪の頭があってしかるべきなのだが、なぜかそこにはなく、思わず目を見開く。


「—―唯乃?」


 見知らぬ世界でまだ1時間とちょっと。

 妹と…はぐれました。

 


 

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