第1話 蒐集姫とその兄
唐突だが、ボクは物の
そんな中でも、ボクが一際熱意を込めて集めていたものが『Weapon MasterS』というカードゲームだった。
プレイヤーは最初に一枚の「ヒーロー」カードをフィールドに出して起き、計40枚の武器、防具、必殺技ガードをヒーローに装備させて競う。攻撃や防御にはサイコロを用いた『運要素』もあり、強いカードだけ組み合わせればいいというものでもない。
そのカードは全体的にイラストが綺麗で、大人も子供もやっている世間では有名なカードゲームだ。しかし、値打ちのほとんどは「ヒーローカード」ばかり。高いものは一枚で数万円という値段だ。
だけどボクは違った。ヒーローカードも蒐集家の琴線を震わせるものだったが、それ以上に魅力的なものがあった。
それは『武器』カードだ。
派手な装飾や実用性を無視した大き過ぎるもの、そういった『現実離れ』した武器にボクは心を射貫かぬかれたのだ。
アニメやゲームにあるような武器が欲しいと思った。父親の工具を借りて作ったマンガ内の剣の再現もしようとしたがが、日曜大工の道具では望むようなものを作るのは難しい。通販で買うのも値段が高く、学生には手の届かない代物。
今さらだが、ボクは一応『女の子』に該当する。ボクという一人称は小さい頃の名残だ。
既に同年代の男子も自分ほどディープに趣味に没頭している人はおらず、いうまでもなく女子はそういったものに興味はない。一部から鼻で笑われる始末だ。
それでも、ボクは趣味を貫いていた。
さて、それはとある日のこと。それは特別な日だった。
学校もあったただの火曜日。その日は『Weapon MasterS』の最新パック発売日。直近のコンビニなどに朝イチから置いている訳もなく、遠くの本屋まで買いに行く必要がある。
永遠のように感じた授業を聞き流した。都合良く、今日は昼までで学校は終わり。下らないHRを終えると一目散に教室を出た。廊下を走り、靴を半端に履き、走りながら履きなおす。交通ルールスレスレの走りで道路を駆け抜ける。
バイト代を詰めた財布。今日はとりあえず三箱買う。その後は収録内容を確認してから再度買いに行く。ボーダーは5万円。
最終手段として、兄がヒーローカードを相場より高い値段で買いとってくれる。資金面で困ることはないだう。当面の目標は武器コンプリートだ。
──と思っていた。
気付いた時には遅かった。点滅する信号に目を取られ、曲がり角から出てきた自転車に気づかなかった。勢いよくぶつかり、私はあらぬ方向へと弾き飛ばされる。よろけた先、アスファルトが眼前に迫る。
(
──売り切れる!)
──冷静に考えれば、『Weapon MasterS』はマイナー寄りのカードゲーム。発売初日とはいえそうそう売り切れることはなく、カードショップのおじさんとはかなり仲良しだ。事前に伝えていた3箱分は確実に残してくれている。多少遅れることに大したデメリットはないのだが、この時にそんな思考は働くわけもなく……。
大人しく転ければいいものを、逸る気持ちが走り続けようとする。
上手く回らない足で飛び出したのは逆の道路。
点滅する視界の最後に映ったのは真っ赤な車だった。
※ ※ ※
──唐突だが、俺にはかなり出来の悪い妹がいる。
いや、実の妹に『出来が悪い』は最低だ。訂正しよう。
かなり、そうかなり、『ざんねん』な妹がいる。
勉強はそつなくこなし、小柄だが運動も問題ない。容姿も可愛いと思える部類だろう。日常でも笑顔は絶えない、優しい妹だ。
どこが『ざんねん』なのか。それは趣味と性格だ。
アイツは生粋のコレクターだ。本やらなんやら色々集めちゃいるが、特にヒドイのはカードだ。
高校に入ってアイツが最初に始めたのはバイトだった。俺もそうだったし、俺と違って学業に影響もないってことで両親もすんなり許した。
休日など空いた日はバイトに明け暮れ、妹が最初に買ったのはまさかのショーケースだった。カードショップや古本屋に置いてあるそれにはアイツが好んで集めていた『Weapon MasterS』のカードが並んでいる。
両親も流石にと小言をいったが、「何が駄目なの?」の一言で黙ってしまった。無理もない。妹に欠点はなかった。強いていえば、ソレが欠点だ。
部活の後輩から聞いた話だが、クラスでは少し浮いた人扱いらしい。妹は曰く、女子の軽いイジメだと言うが、当の本人が何も気にしていないのことで問題になってないとか。
今朝だって、必要以上にソワソワしていた。確か今日は『Weapon MasterS』最新パックの発売日。どうせ買いに行くんだろう。
とはいえ、俺もこのカードは少し集めている。どうせアイツはヒーローカードに興味がないので言い値で買い取ることができる。俺は店で買うより安く買えて、妹は店で売るよりも高く買い取ってもらえる。これぞWin-Winというヤツだ。
正午を迎え、俺は大学の講義に向かうべく家を出た。午前の講義? 知らんな、そんなもの。単位は試験結果のみ。なら、出なくていいだろ。後悔なんてしないさ。フラグじゃないが?
バスに乗って、曲を聴きながら呆然と外を見ていた。しばらくして、イヤホン越しでも聞こえる甲高い摩擦音が響いた。視界の先には赤一色の高級車。高そうだな、なんて呑気に思っていた。
その後が俺の人生最後の記憶だ。反対車線から突っ込んで来たその車はスピードを緩めることはなかった。ハンドルを左右に回し、不安定な暴走車のウインカーは右折。丁度、左折している最中のバスに急接近する。ぶつかったなら、それは俺のすぐ横だろうか。
──直感。それは止まりも避けもしないと理解する。本能的に逃げようとするも、隣にいる老人は寝ていて動いてくれない。
「あ、死んだな」なんて思った。
そこから先はまぁ、いわなくても分かるだろ?
──強いて言うなら、俺は最速のフラグ回収をした『ざんねん』なヤツってことだよ、クソッタレ。
※ ※ ※
──眩しい。
瞼を貫く温かな光にさらされ、顔をしかめながら目を開ける。
草原に、小山。雲一つない晴天の下、俺はその野原に横になっていた。遠くの生き物の声は自分の知るどの動物の鳴き声とも一致せず、見える景色も日本にあるとは思えない自然が広がっていた。
遠くの空には大きな翼をはためかせて飛ぶ生き物が見えた。翼には羽がなく、ここからでも分かる程煌めく艷やかな鱗に覆われている。頭や胴体部分は爬虫類に酷似しており、それは言うまでもなく、竜と形容できる姿をしていた。
ある程度の状況を察する。あれだ、『転生』ってやつだ。『異世界』ってやつだ。
夢であればという思いを抱きつつ、それを否定する現実味にため息を吐いた。
「──知らない天井だ…」
「ずいぶん余裕じゃん」
俺の小ボケにすかさずツッコミが入る。その声に、俺は思わず飛び起きた。
いてはいけないと、あってはならないと、心が叫ぶ。それでも、そこには彼女の姿があった。
「……どうして、
「それはボクも同じなんだけど? ──兄さん」
──推定、異世界転生の完了。
同伴者は、妹。
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