剣蒐姫 ~TCGコレクターの暴走~
黒狐Tail
第0話 剣蒐姫
とある世界、とある山地のとある街、そこにはとある少女のうわさがあった。
その少女、20の武器を振るい、各地にある
ある魔剣は竜の鱗を溶かすほどの獄炎を操り――
ある魔剣は大海を割り、海の主すら地に落とす――
ある魔剣は雷鳴の中で少女を乗せて空を舞い――
ある魔剣はなんと人の姿になるとかならないとか――
どれも荒唐無稽のうわさのレベルだが、火のない所に煙は立たぬとも言う。
事実、それは真実であった。
しかし、そのうわさには足りないところがある。
少女の力を支える、彼女の
「—―ユノ、次来るぞ!」
「まかせて!」
少女たちは
採掘用に設置された壁の魔灯石の光が少女の剣を明るく照らす。
透き通る蒼い硝子のような片手剣――名を『
全力の一振りも宝石すら砕くその頑丈な顎に止められてしまう。ギリギリという耳障りな金属音が響き、剣からは鈍い音がする。少女はいけないと魔物の顔を蹴り上げ、強引に剣を引きはがした。
「もお、折れちゃうじゃんか! 兄さん、違うやつ!」
「はいはい、じゃあコレなんてどうだ?」
付き添う少年は後方から少女に向けて何かを投げる。それは弧を描きながら、少女の手に収まった。
彼が投げたもの――それは一枚のカードであった。
三重のスリーブに保護された、かなり大切にされていることがわかるそれは、フィルムの下からでもレアカード特有のキラキラとした輝きと金箔みよる縁取りがされていた。
少女は受け取ったカードを天高く掲げ、叫ぶ。
「
少女の呼び声に反応し、ただの紙切れでしかなったカードは光を放つ。輝きは粒子となり、次第に形をあらわにした。
それは巨大な斧であった。少女の体躯とそう変わらない大きさに、その諸刃には龍を模した装飾が彫り込まれている。
──『
先程まで身軽に剣を扱っていた者が持つにはとうてい不釣り合いな代物だ。しかし、少女はそれをなんとも無い表情を浮かべながら、斧を構える。
「おぉぉぉりゃあぁぁぁぁッッッ!!」
気迫のある、けれどもどこか可愛らしい雄叫びを上げ、少女は体を捻りながら斧を振るう。魔物は再び、その自慢の顎で咥えんとその口を開く。歯と刃が触れ合い、ギギッと金属同士がこすれ合い──
「ふぅぅんっっ!!」
──一瞬である。少女の振るった斧が魔物の歯を砕く。顎を押し返し、衝撃が魔物の頭部を跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
圧倒的な暴力に、少女と魔物の力の差は歴然であった。だが、少女は困ったように眉をひそめている。
「いける…けど、数がおおいね」
少女は洞窟の向こうを見据え、呼吸を整えながら呟いた。
蛇行する道の向こうから、重低音が響く。ズン、ズンと次第に大きくなるその音は、この魔物の接近する音である。この亀の魔物は一匹だけではない。この
どうしようか、とため息を吐きながら、少女は後ろに立つ青年へと目を向けた。
「どう、兄さん。アレ使ってもいい?」
「うーん…。洞窟はこのまま直線が続いていて、今この近くに人は居ない。ここは壁も硬いし、ちょっとの衝撃じゃあ、崩れはしないと思うけど。…危ないぞ」
「じゃあ、決まりだね」
そう言って斧を置き、空いた手をヒラヒラと振る。青年は不安そうに頬を掻きながら、仕方ないといった様子で新たなカードを投げ渡した。
そうこうしている間にも、目視できる距離にまで魔物が近づいている。やつらは硬く、大きいがその分足が遅い。少女が準備するだけの時間はあるだろう。
「
新たに出した武器は槍であった。刃先から小さな
少女は槍を回し、感触を確かめた後にそれを縦に構え、柄と額をつける。目を閉じ、ふっと息を吐いてから言葉を紡ぎ始めた。
「──『
その一言で膨大な魔力が溢れ出した。気流を生み出し、バサバサと髪や服が大きく揺れ動く。
「──《纏う紫電は音を裂き》」
槍の形に沿って、青紫の電流が
「──《奔る雷槍は
未だ遠くにいる魔物たちはいつの間にか足を止めていた。本能で理解したのだろう。いけないと、近づいてはならないと。
「──《愚者・現実を拒み・現象を否定す・されども結果は違わず》」
少女は切っ先を敵へと向ける。真っすぐ、真っすぐに。魔物は命乞いをするような甲高い声を上げ、踵を返す。
「──《裁定者告げる》」
もう、遅いことを知らずに。
「──《これは天罰なり》」
刹那、世界から音が消えた。風も収まり、魔物たちの声も止まっている。
全員が見ていた。少女がその槍を投げる瞬間を。
「──『
彼女の手から槍が離れた時、世界は音を思い出し──
──ヴゥゥゥン。
音の悲鳴が聞こえた。投げ放たれた槍は、周囲の一切を薙ぎ払いながら、目標へと近づく。
設置された魔灯石は割れ、壁には亀裂が走り──
──魔物は、塵も残さず消滅した。
直後、
一部、天井から岩の塊が落ちる。それは運悪く、少女の真上であった。普段なら容易く回避するところだが、技の余韻で少女は動けないでいた。しかし、それが少女に当たることはなかった。
焦りと恐怖で目を瞑った少女。襲うはずの痛みはなく、恐る恐る目を開くと、そこには青年が少女をかばうように立っていた。
「だから危ないぞって言ったんだ。ったく、何やってんだか」
トントンと背中を叩かれ、技の硬直から解放される。ふっと息を吐き、姿勢を正した。
硬直は抜けたが、未だ手の痺れや全身の倦怠感は残っている。大技というものはそれだけ代償があるもの。分かってはいるが、この慣れない疲労感にため息を吐く。
「ごめん、兄さん」
「──何謝ってんだよ」
青年は笑って少女の頭を撫でる。
「そこは、どうだ、やってやったぞって顔してりゃいいんだよ。で、どうだった? 気分は?」
少女は少し呆気に取られた表情を浮かべ、すぐ満面の笑みで答えた。
「──最っ高だよ!」
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