39.金の鳥かご
小さな島で、小さなカナリアが、鳥かごの中に飼われていました。
飼い主の女の子は、少し前に、この島にやってきました。
重い病をいやすために、両親と引っ越してきたのです。
この島は、自然がゆたかで、空気がきれいだからです。
両親は、森の見える大きなおうちを買いました。
女の子は、病気のため、へやから出られずに生きていました。
ベッドから窓を見ていると、美しい羽と声を持つ小鳥たちが、空を舞っていました。
女の子は、ちょうだいとパパにおねだりしました。
パパは、島のひとをやとい、つかまえさせました。
それが、このカナリアでした。
女の子はカナリアが大好きでした。
両親はお金持ちで、また、病気のむすめをあわれに思っていましたから、望むものを何でも買ってくれました。
女の子はカナリアが大好きだから、
でも、黄金や宝石は、カナリアには何の価値もありません。
価値があるのは、広い空を自由に飛ぶことだけ……
やがてカナリアは、飛ぶことを忘れました。
太陽を、風を、雲を、木々のざわめきを忘れました。
女の子の手のひらの上で、さえずり歌うだけのお人形になりました。
女の子は、本当はわかっていました。
カナリアに必要なものは、自由な大空だと。
でも病気で、友だちも楽しいこともないから、カナリアを手放すことはできませんでした。
カナリアをとじこめていると思いながら、日々が過ぎていきました。
女の子は、自分がもう長くないことを知りました。
お医者さまも、パパとママも言いません。
でも、お医者さまが、いたい注射やにがい薬を出さなくなりました。
パパが、お医者さまと話したあと、こわい顔をしていました。
ママが、夜中にこっそり、泣いていました。
だから、カナリアを放さなきゃと思いました。
でも、さみしくて、大好きで、放せませんでした。
放せないまま、女の子は死んでしまいました。
「わたしがしんだら、カナリアをお空にかえしてあげて」と言いのこしました。
両親は悲しみにくれ、島を去りました。
引っ越す前に、むすめの言葉どおり、カナリアを鳥かごから出し、へやの窓をあけました。少しのエサをおき、金の鳥かごは持ち帰りました。
女の子も両親もいなくなり、おうちはからっぽになりました。
鳥かごから出されたカナリアは、そのまま、おかれた場所にいました。
からっぽのやしきで、ベッドの上にとまっていました。
女の子を待っていたのではありません。
女の子のことは好きでした。でも、死んでしまったことはわかっていました。
カナリアは、飛ぶことを忘れていたのです。
だから、どこにも行かずに、とどまっていたのです。
ベッドの上で、エサを食べ、今まで女の子を楽しませたように、歌いました。
いくにちかが過ぎました。
ある朝、ひらいた出窓から見える空を、黒い影が横切りました。大きなつばさを持つ鳥が、一直線に飛んでいます。
近くでバサバサと大きな羽音が聞こえました。さっきの鳥が、やしきのまわりにいるようです。
それは、しばらくつづきました。
でも、カナリアは、ベッドの上から動きませんでした。
やがて、羽音がやむと、窓の外から声がしました。
「なぜ、にげない?」
相手は、庭の木にとまって、話しかけているようです。
カナリアは、さも当然のように「鳥かごがあるもの」と答えました。
「鳥かご? そんなものはないぞ」
「なくても、わたしには見えるの。金の鳥かごが」
「見えない鳥かごが、おまえをとじこめているとしても、おまえを守ってはくれないぞ。おまえが飛んでにげないと、おれは見えない鳥かごを通りぬけて、おまえを食ってしまうぞ」
「飛べないわ。鳥かごがあるもの」
「食われてもか」
「しかたないわ」
声はしばしだまりました。
カナリアがたずねました。
「あなたはだあれ?」
声は、せきばらいをしてから「タカだ」と答えました。たしかに、タカのするどい声のようです。
「あなたこそ、どうしてわたしを食べないの?」
「……今日ははらがへっていないんでな。だが、明日はちがうぞ。おまえは明日の朝めしにしよう。にげていなければ、食ってしまうぞ」
「そう」
カナリアの、木ではなをくくったような返事に、声のぬしは答えませんでした。羽音がして、飛び去ったようでした。
次の朝、また、おなじ声がふってきました。
「にげていないのか」
「食べにきたのね」
「いや、今日もはらいっぱいでな。おまえは明日の朝めしだ。飛んでにげていなければ」
「にげないわ。鳥かごがあるもの」
「その、鳥かごってのは、何のことなんだ?」
カナリアは、金の鳥かごの話をしました。声はだまって聞いていました。
カナリアの話が終わると、帰っていきました。
次の朝も、声はやってきました。
「まだ飛ばないのか」
「ええ。もう話もないわ」
「じゃあ、おれが話そう」
声は、外の世界のくらしについて話しました。
どうやら、森で仲間たちとくらしているようです。
話し終わると、帰っていきました。
次の朝も、その次も、声はおとずれました。
飛ぶかどうかをたしかめ、カナリアが首を横にふると、話を聞いたり、話したりしました。
カナリアは、話すことなどないけれど、声がうながすので、知っていることを話しました。たいていは、女の子や鳥かごのことでした。女の子の手のひらは、温かくてやわらかかったこと。鳥かごは、ピカピカまぶしかったこと。
声は、野生のくらしの楽しさやたいへんさを話しました。
カナリアが「わたしを食べないの?」と聞くと、「明日食うさ」と答えました。
そうして、いくにちかが過ぎました。
エサはのこり少なくなっていました。
カナリアは、ほんの少しだけ食べ、心の中で「だって、鳥かごがあるもの」と言いました。
そろそろ声の来る時間です。おなかは空いていたけれど、知らずしらず、歌を口ずさんでいました。
物音がしました。
窓ではなく、ドアの方向からです。
ドアが細くひらいて、大きなのらねこがあらわれました。金色の目が、ぎらぎらと光っています。
ねこは「うまそうな小鳥だ」と舌なめずりをしました。
カナリアは、ベッドの上から動きません。
ねこは、けげんそうにまゆをよせました。
「にげにゃいのか?」
「鳥かごがあるもの」
「ふうん。にげにゃいえものはつまらんにゃあ」
と言うが早いか、ひととびで、ベッドの上に飛びのりました。大きな顔をよせて、にやあっと笑います。
「にゃーんちゃって。にげにゃいえものなんて、これ以上らくなものはにゃい。おれっちは、らくちんは大好物よ」
真っ赤な口をがばっとあけたとき。
風を切る羽音とともに、影が矢のように飛びこんできて、ねこに体当たりしました。
「今だ、にげろ!」
いつものあの声でした。
でも、声のぬしは、タカの半分ほどの大きさの、茶色い鳥でした。
「に、にげられない。だって……」
のらねこが、茶色い鳥におそいかかります。
するどいツメが空気を切ります。
鳥は飛びまわり、短いくちばしとツメで、果敢にねこをつつきます。カナリアは、身動きも、声を出すこともできませんでした。
鳥の一本だけ長いツメが、ねこのみけんにささりました。
ねこは「目をやられたら、たまらにゃい」とにげていきました。
鳥は、はあはあと息を切らせて、カナリアの横に下りたちました。
羽は茶色いまだらもようで、ボサボサ。目はぎょろりと飛び出し、平べったいくちばしは、耳までさけています。足は小さくよぼよぼで、中指のツメだけが長いのです。なんともぶかっこうな鳥で、タカとは、似ても似つきません。
カナリアは、ふるえ声でたずねました。
「ど、どうして……」
「どうして、タカだとうそをついたのかって? それは、おれがヨダカだからだ。つばさの形と声はタカに似ているが、ひどくみにくい。鳥の世界のきらわれものだ。だから、すがたを見せられず、タカのふりをしてしまったんだ。だましていてすまなかった」
「ちがうの。どうして、助けてくれたの?」
「……おまえの歌声が好きだった。森で、朝ねむるときや、夕方に出かけるときに聞こえていた。おれの声とはまったくちがう、美しい音色が気になった。それで、ときどき、遠くから様子を見ていたんだ。窓がひらいたあとも、おまえは飛ばなかったから、このままでは死んでしまうと思った。だから、タカに似た羽音でおどかして、飛ばせようと思ったんだ。本当に食べる気はなかった。ヨダカは、虫を食べる鳥なんだ」
とつぜん、ドウッとヨダカがたおれました。
つばさの下に、真っ赤な傷口と血が見えました。のらねことの戦いで、傷を負っていたのです。
カナリアは悲鳴を上げました。
血がどくどくとあふれています。このままだと、すべて流れ出て、死んでしまいます。
「ど、どうしたら、あなたを助けられる?」
「……傷は深くない。手当てをして、血を止めれば助かるだろう」
「ここには手当ての道具はないわ。わたしはやり方もわからない」
カナリアはしばし考えこみ、言いました。
「あなたの仲間をよんでくれば、手当てをしてくれる?」
「ああ。今ごろは、みんな森でねているはずだ」
それを聞き、カナリアは、ひらかれた窓をこわごわと見上げました。
ヨダカはやさしい声で言いました。
「むりに、いやなことをしなくてもいい。何かしてくれようと思うなら、のこりの時間を、そばで歌ってくれ」
「いいえ! できることがあるのに、何もせずにあなたを死なせるなんて、そんなわけにはいかないわ」
カナリアは、くるくると歩き回りながら、
「わたしは飛べる。わたしは飛べる。大丈夫。ぜったいに飛べる」
と、自分に言い聞かせました。
それから、ぴょんと飛び上がり、窓辺に着地しました。
ヨダカにふり返ります。
「まかせて。すぐに、助けをつれてくるわ」
そして、外をまっすぐに向き、つばさを広げました。
「だって、わたしは鳥だもの」
と言うと、窓枠をけって、青空に羽ばたきました。
おしまい。
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