40.魔法の水差しと3つの願い
とおい砂漠の国にあるという〈魔法の水差し〉。
こすると魔神があらわれて、3つの願いを叶えてくれます。
富、名声、永遠の美、真実の愛、不老不死。
たとえ、死者をよみがえらせることだって――
男は砂漠中を探しつづけ、とうとう、魔法の水差しを手に入れました。
山のふもとの町にある、小さな古物店で見つけたのです。
男の願いは、愛する女性を生き返らせることでした。
彼女が天に召されてから、十数年がたっていました。
男はそれを自分の国に持ち帰りました。
その夜、彼女の墓をほり返しました。
棺は土に還り、彼女はすっかり骨になっていました。
彼女の骨を、赤いじゅうたんにつつんで、家に運びました。
男は、へやの中央にじゅうたんを広げ、だんろに火をつけました。彼女は寒がりだったのです。
土にまみれて茶色い骨を見下ろします。
骨になっても彼女はかわいらしい、と思いました。
水差しをこすると、そそぎ口からけむりが立ちのぼります。
そして、砂漠の魔神があらわれました。
異国の言葉を発したようですが、ふしぎと話が通じます。
魔神は男に、3つの願いをたずねました。
男は、彼女を生き返らせてくれと言おうとします。
しかし、茶色い骨を見つめて、口をつぐみました。
彼女は、永い間安らかな眠りの中にいるのだ、と思ったのです。
それを起こすのは、彼女にとってよいことだろうか?
彼女を生き返らせたいのは、なんのためだ?
ぼくが、彼女にもう一度会いたいからだ。数時間でも数分でも数秒でもいいから、会いたいからだ。
もうひとつ、「愛している」「ありがとう」と伝えたいからだ。
どちらも自分のためだ。
そのために、彼女の永遠の眠りをさまたげるのか?
彼は、ぼろぼろと涙をこぼしました。
もう一度会えたら、もちろん、彼女もよろこんでくれるだろう。でも、彼女がぼくだったら、そんなことをするだろうか?
彼女は、歩みよる死を覚悟し、準備をし、受け入れたのだ。
苦しみの中にいるのに、ぼくを思って、せいいっぱいの笑顔で旅立ってくれた。
自分の身勝手のために、それをもう一度させるのか?
よみがえらせなくても、彼女はいつでも、心の中にいるのだ。
あらためて伝えなくても、愛していることも、感謝していることも、彼女は知ってくれていた。
別れぎわにも、生きている間も、何度も言ったんだ。
彼は声をしぼり出しました。
「……死後の世界でも来世でもいい、もう一度彼女に会わせてくれ」
「わたしの魔力が使えるのは現世のみだ。その願いは叶えられない」
では、どうする。
彼女の思い出のすべてを忘れないようにしてもらうか? 風化も美化もしないように。
いや、また自分のことばかりだ。
彼は、ぼたぼたと涙を落としました。
彼女なら。
彼女が3つの願いをあたえられたなら、きっと世界のことを。
「この世界から、病気をなくしてください」
「病と生き物とは、切っても切りはなせない。病をなくすには、病にかかるすべての生き物を滅ぼすことになるが、それが願いか?」
男は、あわててことわり、考えます。
「いや、だめだ! では……では、
「よかろう」
魔神は奇妙な呪文をとなえ、「のこり2つだ」と言いました。
「この世界から、戦争をなくしてください」
「戦争と人間とは、切っても切りはなせない。戦争をなくすには、すべての人間を滅ぼすことになるが、それが願いか?」
「い、いや、だめだ。では……では、世界中のみんなの心に、今より少しだけ、優しさをあたえてください」
「優しさ?」
「少しでいいんだ。たとえば、友人に親切にするとか、そういうこと。彼女は優しい人だった。彼女がいた証をのこしたいんだ」
「よかろう……のこり1つ」
最後の願いは何にする。
彼女なら、きっと昔話のアラジンのように。
「きみに自由をあたえるよ」
魔神は、ひどくおどろきました。
目をむき、さけびます。
「本当か⁉ いや、聞き返さないぞ。ひるがえされたらこまるからな――自由だ! ありがとう。ありがとう、わが友よ‼」
水差しを飛び出て、だんろのけむりとともに、えんとつから夜空に舞い上がりました。そして、風のようにどこかへ吹き去りました。
あとには、変わらぬ彼女の骨と、たおれた水差しがのこっていました。
その後、世界がどう変わったのか、彼の願いは人間にとって意味があったのか、男は知りません。
彼女の安らぎをいのるために出家し、荒野で暮らしました。
孤独な修道につとめ、世間とかかわらなかったのです。
いのりのほかは、畑をたがやし、生計のための手仕事をしました。わずかな休みの時間には、絵を描いたり、皿を作ったりしました。
彼の作品には、いつもおなじ女性が描かれていました。
それは、亡き妻だといいます。
その彼も、とうの昔に亡くなり、妻とおなじ墓の中でねむっています。
彼には新しい妻も子どももなく、身よりがありませんでした。
晩年は、身よりの者ではない、ふしぎな異国人がどこからかあらわれて、彼の世話をしていたといいます。
おしまい。
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