33.よろいとドレス

 ある小さな島は、ふたつの国に分かれていました。

 北の国と南の国です。

 ふたつの国は敵どうしで、いつも戦をしていました。

 たくさんの血と涙が流れ、人々は平和をねがいました。

 どちらの国の王さまも、戦いの終わりをのぞみました。

 しかし「平和を約束しても、相手がうらぎるかもしれない」とうたがい合って、話が進みません。

 国どうしが仲良くするには、政略結婚という方法があります。

 ちょうど、それぞれのあととりは、王子さまとお姫さまでした。

 どちらの王さまも、それだけはできないと思いましたが、それしか方法がありませんでした。

 ふたりが年ごろになったとき、結婚の取り決めがなされました。


 北の国の跡とりは、よろいの王子とよばれていました。

 子どものころから、頭のてっぺんからつま先までおおう、鉄のよろいを身につけているからです。

 うわさでは、南の国に暗殺されないように、王さまが着せたといわれています。

 子どものときには小さなよろいでしたが、成長とともによろいも大きくなりました。今では、見上げるほどの鉄のかたまりをかぶっています。

 武芸にすぐれ、剣術は国いちばん。うでくらべで優勝し、戦場でも活躍しています。

 人々は、よろいの王子の武勇をたたえ、同時におそれていました。なぜなら、よろいを外すことがないからです。すきまのないよろいの下のすがたを、だれも見たことがありません。無口で、声を聞いた者もいないといいます。


 南の国の跡とりは、完ぺきなお姫さまだという評判です。

 歌、ダンス、楽器、絵画。さらに、学問、社交術。淑女のたしなみを、すべておさめているのです。

 お召しものは、デザイナー仕立ての一級品。高貴な女性は、はだを出すことはゆるされません。ですから、ドレスのえりはつまり、すそは長く、手袋はかたまでおおっています。おしゃれのため、音楽家のようなカツラをかぶり、羽根の扇を持っています。

 人々は「扇で顔をかくしても、美しさとしとやかさは、かくしきれない」とくちぐちにほめました。

 ただ、病弱で、たいてい玉座か車いすにすわっているのだそうです。


 婚礼の日が近づきました。

 南のお城から北のお城へ、馬車にゆられて、お姫さまがやってきました。

 うわさ通りの車いすです。

 用意されたへやに入ると、よろいの王子がたずねてきました。

 よろいの王子は「戦をおさめるための結婚だから、なにもしない。安心してくれ」と書いた手紙を持ってきたのです。

 しかし、それを見せるより早く、お姫さまは床にひざまずき、頭を下げました。

「もうしわけありません。わたくしは……いえ、ぼくは、男なのです」

 おどろいて、よろいがガチャリと鳴りました。

「ぼくが生まれたときも、ぼくらの国は戦っていました。王位をつぐ男の子では命をねらわれると、父は考えました。だから、ぼくを姫として育てたのです。

 戦が終われば、王子にもどれると言われました。でも戦は終わりませんでした。それどころか、結婚の取り決めがされてしまいました。

 あざむいていたことが知られれば、さらなる戦いが起きるでしょう。父は、あなたたちに真実を伝えられないまま、ぼくを送り出しました。

 ぼくは、子どものころ、親の言いなりに姫の格好をしました。命をうしなうことをおそれて、また親の期待にこたえたくて、姫の作法を学びました。

 でも、もうおとなですから、自分で問題に向き合って、自分の力で解決します。そのために、この国に来ました。

 ぼくは男ですから、結婚はできません。でも、結婚をしなくても、ぼくらが協力すれば、戦を終わらせることができます。ここで、平和の約束をするんです。どうか約束してください」

 よろいの王子は、うなずきました。

 ドレスの王子は「ありがとう!」と立ち上がって、よろいの手甲をにぎりました。その背丈は、よろいとおなじほどありました。

「背の高さで男だとばれないように、車いすにすわらされていたんです。病弱なんてでたらめですよ」

 と、照れて笑いました。

「これから、両国の親たちと話し合いをします。結婚をなしにしてもらうんです。でも、平和のための結婚をなくそうとすると、どちらの国でも命をねらわれるかもしれません。

 ぼくは、歌や踊りは習ってきたが、武芸はしたことがない。きみは国いちばんのつわものだと聞きます。おとなだというのに、自分の身も守れないのははずかしいですが。いっしょに来て、ぼくを守ってくれませんか?」

 よろいの王子はむねに手を当てて、

「このよろいにちかって、お守りします」

と答えました。

 たくましい甲冑姿に似合わない、少年のような声でした。ドレスの王子は「ははーん、だから、口をきかないのか」と思いました。


 次の日、ふたりは、よろいの王子の両親に会いました。

 ドレスの王子は、もう車いすに乗っていません。王さまと王妃さまの前に、すっくと立ちました。

 真実を話し、結婚の取りやめと終戦を求めました。

 よろいの王子がうしろで仁王立ちしていたからか、ふしぎなほどすんなりと、王さまは署名をくれました。


 その次の日には、ドレスの王子の両親のもとへ行きました。

 馬車で南の国へ行く道中も、危険がないように、よろいの王子は目を光らせていました。

 ドレスの王子がすべてを話すと、南の王さまも署名をくれました。そして、うしろに立つ、よろいの王子にあやまりました。


 ながくつづいた戦は、3日で終わりました。

 役目を終えて、よろいの王子が自分の国に帰ります。

 ドレスの王子も馬車に乗り、送っていきました。似た境遇の相手を、少し好きになっていました。もっと話をして、友だちになりたいと思ったのです。

 でも、よろいの王子は無口です。どうしようかと窓を見たとき。

「海だ……」

 馬車道にそって、どこまでも砂浜が広がっていました。

「すまない、止めてくれ!」

 馬車を止めて、外に出ました。

 青い空と海。白い入道雲と砂浜。ところどころに緑のヤシの木。空のてっぺんで光る太陽。

「ぼく、ずっと海に行きたかったんだ。城から見ていたけど、行ったことがないんだよ。命をねらわれないよう、外に出られなかったし、たまに出ても、車いすだから。ねえ、きみは行ったことある?」

 馬車から出たよろいの王子が、かぶりをふりました。

「それなら、いっしょに行こう!」

 とかけ出そうとして、ドレスの王子は、自分のドレスを見下ろしました。

「ドレスは、海には似合わない。あついし、砂に足をとられてころんでしまいそうだ。

 そうだ。ぼくは、もうドレスを着なくていいんだ。戦が終わって、命をねらわれなくなったから、お姫さまのふりをしなくていいんだ。

 重いカツラも、いたいイヤリングも、息苦しいつめえりも。きゅうくつなコルセットも、動きづらいドレスも、ボタンが30個もある手袋も。鉄製のスカートの骨組みも、重ねたレースも、歩きづらいハイヒールも。

 ぼくの命を守ってくれたものだけど、もうぬいでいいんだ」

 顔を上げると、砂浜に小さな店があります。

 家来たちのおともをことわり、ハイヒールでよろよろと、店に歩いていきました。よろいの王子だけがついていきます。


 店には、ジュース、パラソル、水着などが売っています。

 水着を2枚手にとると、よろいの王子がかぶりをふるので、自分のぶんだけ買いました。

 砂浜に、カツラを投げ、イヤリングを放り、ドレスをすて……

 店の中で水着に着がえて、出てきました。

 太陽とふれ合ったことのない、青白いはだです。

「身軽だ! それにむねいっぱい息を吸える。コルセットがないからだ」

 何度か深呼吸をして、「きみも着がえたらどうだい?」と顔を向けました。

 よろいの王子は、足元のヤドカリを見つめて、かたまっていました。そのまま、あの少年のように高い声で言いました。

「王子さま、あなたはりっぱです。自分の力で人生をつかみとりました。自分で考えて、話し合いをして」

「きみがうしろでかまえていてくれたからさ」

「いいえ、わたしはおくびょう者です。わたしは、父が決めた無茶な結婚に流されようとしていた。今だって、おそろしくて、よろいをぬぐこともできないんです。

 わたしが生まれたとき、跡とりがわたししかおらず、父は悲しみました。強い王子でなくては、敵国にあなどられてしまう。城に攻め入られ、殺されると考えたのです」

「それで、よろいを?」

「いいえ。父は、わたしによろいを着せたのではなく、武芸の鍛錬をしました。強い跡とりにするためです。ひどくきびしい鍛錬でした。毎日、アザができ、血が流れるほどしごかれました。

 子どもだったわたしは、敵国に殺されることよりも、鍛錬をおそれました。だから、自らよろいを着ました。よろいだけが身を守るものでした。夜ねむるときも、着つづけました。いつのまにか、よろいの王子とよばれていました。

 数年ののち、私は武芸を心得ました。父も兵士長もたおせるようになり、おそろしいしごきはうけなくなりました。それでも、ぬげませんでした。どれだけ鍛錬をつんでも、ずっとぬげませんでした。

 戦が終わった今、よろいの必要は、いっさいなくなりました。でも、ぬぐことがおそろしいんです。よろいなしで外を歩くと思うと、ふるえが止まらないんです」

 よろいがカチカチ鳴りました。ドレスをぬいだ王子さまは、よろいの手甲をにぎりました。鉄は太陽に照らされて、あつくなっていました。

「すずしいし、動きやすいよ。たしかに、きみのよろいはかっこいいが……あついだろう?」

 カチャンとうなずきました。

 王子さまは「じゃあ、ぬごう!」と店の水着をふり返りました。

 よろいの王子は、ぽつりとつぶやきました。

「女性の水着がほしいです。実は、わたしは女なんです」


 よろいをぬいだお姫さまが、ビキニに着がえて出てきました。

 ゆたかな髪が、小さなかたでゆれています。

 そのはだは、王子さまとおなじように青白く、あちこちにきずあとがありました。

「わたしのよろいは、わたしの体を守ってくれた。それだけでなく、きずあともかくしてくれていたのね。

 ぬぎすてるのは、少しこわいけれど。もうなくていい。いいえ、ないほうがいい。だって、重くて、きゅうくつだもの。暗くて、ひとりぼっちだもの。

 身軽なほうが、ずっといいわ。剣をあつかいやすいし、走ってどこにでも行ける。それに、体ぜんぶで世界を感じられるの」

 もういらないわ、と日差しをはじくように笑うのを、王子さまはまぶしそうに見つめました。

 それから、お姫さまの不自然に長すぎる足に、首をかしげます。お姫さまは、最後にのこった鉄のブーツを鳴らして、

「底が高いんです。背のひくさで女だとばれないように」

と、照れて笑いました。

 お姫さまは鉄のブーツを、王子さまはハイヒールをぬぎ――砂浜のあつさに飛び上がりました。

「砂があついわ!」

「海の中なら、つめたいんじゃないか!」

「行きましょう!」

 海をめざして走り出します。

「体が軽いわ! 飛びはねたら、月まで行けそうよ」

「ああ! 世界の果てまで、かけていけそうだ」

 波打ちぎわにたどりついても止まらずに、波しぶきのふちを走りつづけました。

 砂浜では、よろいとドレスがしおかぜにふかれ、砂つぶにおおわれていました。


 おしまい。

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