34.ばらと毒虫(1)

   Ⅰ


 砂漠にかこまれた国のお話です。

 国のはしに大きな山があり、そのふもとに町がありました。

 町は海にひらかれ、貿易で栄えていました。

 町の中心には、豊かなオアシスと活気づいた市場いちばがあり、ラクダをつれた商人が行き交います。

 まわりには、日干しレンガの家が立ちならんでいます。

 その中に、ひときわ大きな屋敷がありました。

 まるで、寺院かお城のようです。

 それは、町いちばんのお金持ちの屋敷なのでした。


 屋敷の主人は、砂漠の民で、小麦色の肌をしていました。

 白いきぬの服を着て、くちひげとあごひげをたくわえています。

 大きな商店で貿易を営み、大もうけしていました。


 屋敷と商店では、たくさんの奴隷どれいがはたらかされていました。

 男奴隷は、力仕事や畑仕事、家畜かちくの世話をしていました。女奴隷は、召使いや小間使い、料理女として仕えていました。

 奴隷たちは、海をこえた南の大陸から、船でさらわれてきた人々でした。砂漠の民とはちがう、褐色の肌をしていました。

 主人は、奴隷のことを人間だと思わず、「しゃべる家畜」くらいに思っていました。

 ですから、わずかな食べ物と給金で、休みなくはたらかせました。

 奴隷が少しでも休んだり、まちがえたりするとようしゃなくムチで打ちました。それどころか、何もまちがいをしなくても、ムチで打ちました。

 奴隷たちは、ひどい主人のもとで苦しんでいました。


 主人がだれかをムチ打っていると、いつでもかばう若者がいました。

 それは、たくましく、美しい男奴隷でした。

 みすぼらしいこし布しか身につけていませんが、赤銅色しゃくどういろの肌が太陽にかがやいています。

 身代わりにムチで打たれたり、仕事をふやされたり、食事をぬかれたりしても、かばうことをやめませんでした。

 助けられた仲間が気づかうと、若者はじょうだんめかして「こんなの、山にそよ風がふいたようなもんさ」と笑ってみせました。

 奴隷たちは若者を尊敬し、主人はいまいましく思っていました。




   Ⅱ


 若者は、主人の屋敷で力仕事をしていました。

 あつい中で一日中、重い荷物を運ぶのです。とてもつらい仕事ですが、いっしょうけんめいはたらいていました。

 つらい日々にくじけず、はたらけるのには、理由がありました。

 若者には恋人がいたのです。

 彼女は、おなじ屋敷で召使いをする女奴隷でした。

 まばゆいまでに美しい、まるでアデン(砂漠のばら)のような娘でした。

 美しいだけでなく、正直なはたらき者でした。

 彼女は夕方に、中庭の花々に水をやります。若者は仕事が早く終わると、中庭に行き、水やりを手伝いました。

 若者がじょうだんを言うと、娘がコロコロと笑います。この短いひとときだけが、つらさの中で笑顔を思い出せる時間でした。

 ふたりは「まじめにはたらいて給金をため、いつか祖国に帰ろう」と約束していました。

 若者も娘も、この町で奴隷の両親から生まれた、生まれつきの奴隷でした。だから、祖先たちがくらしていた、南の大陸の土をふんだことはありません。

 でも、祖国に帰る日を希望にして、生きていました。ふたりでいると、真っ赤な朝焼けや、草原やジャングルが、蜃気楼のかなたに見えるような気がするのでした。


 語り合うふたりを、屋敷の窓から、主人がにらんでいました。

 主人は、この娘のことを愛していました。

 人種や身分はちがうけれど、その美しさと清らかさに惹かれていたのです。

 ある日、主人は娘をよび出し、求婚しました。

 奴隷から解放してやるから妻になれ、とせまったのです。

 娘はおそろしさにふるえながらも、結婚を約束した人がいる、とことわりました。

 そして、若者にそのことを打ちあけました。若者は、まだふるえている娘を抱きしめて、「ありがとう。きみはおれが守る」と言いました。

 そのころ主人は、悪だくみをくわだてていました……

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