32.バトルガゼル~サバンナの2匹~【コメディ】

 サバンナに、1匹のガゼルがいた。

 ガゼルは群れでくらす草食動物だが、そのガゼルは、いつも1匹で、闘いの修行をしていた。

 毎日、朝から晩まで、キックやツノを突き出す練習をしていたのだった。

 だから、ほかのガゼルよりたくましい体と、とがったツノを持っていた。


 今日もいつものように、アカシアの木に向かって、ツノをふるっていた。

 その耳がぴくりと動く。

 さわさわと草のこすれる音がする。

 まちがいない。草原に身をひそめて、肉食動物が近づいてきている。風下に、1匹。

 ガゼルは、バッキバキにキマッた目で、音のするほうをとらえた。

(時は来たあああ‼ 肉食獣とタイマンだぜえええ‼)

 先手必勝と地面をけって、敵の目の前におどり出る。

 相手は、若いオスライオンだ。まだたてがみが生えそろっていない。

(ライオンとバトルだ‼ 修行の成果を出すぜ‼)

 ガゼルは、殺気ギラギラの目でにらみつける。

 すると、なんと、ライオンはひっくり返り――ヘソ天で、降伏ポーズをした。

「なんじゃそりゃあああ⁉」

 ガゼルがさけぶ。

「おまえ、ライオンのくせに、なんだそのていたらくは‼ こら! 立って、おれと戦え!」

「ごめんなさい〜、食べないでください〜」

「食わねえよ‼」

「降参します〜、いじめないでください〜」

 あろうことか、ライオンは泣いている。

 ガゼルは「……ケッ」とはきすてて、修行にもどった。

 ライオンに背を向けて、うしろ足でキックをくり出しつづける。

 ライオンは、おずおずと体をもどして、ふせたままガゼルを見た。はなをすすり、おそるおそる話しかける。

「……ごめんなさい、気になって、近くで見ようとしただけなんです。なにをしているんですか?」

 ガゼルは、ふり返らずに答える。

「見りゃわかるだろ。修行だよ」

「どうして? あなたはガゼルでしょう?」

「ガゼルだろうと関係ねえ。にげたくねえんだ。敵は自分でたおすんだよ」

 ライオンは、キラキラとした目で見上げた。

「す、すごい。強いんですね」

 すぐに、しょぼしょぼとうなだれる。

「ぼくは、ライオンなのに、全然だめだ」

「ライオンはプライドが高いと思っていたが、おまえみたいなやつもいるんだな」

「ぼく、暴力がこわいんです。敵のライオンやハイエナと戦うのも、草食動物を狩るのも。だれかを傷つけるのがこわいんです。だから、敵と戦ったことも、えものを狩れたこともないんです。若いオスは、狩りの練習をするんですが、ぼくはできないんです。群れの女の子が狩ったおこぼれを、おなさけで分けてもらっています。群れの全員にばかにされて、仲間はずれにされているんです」

「もったいねえな。ライオンのツメとキバがあるのに」

「……あの! 明日も、ここに来ていいでしょうか?」

「あ?」

 ガゼルは、キックを止めて、ライオンの顔を見た。

「ぼく、弱虫だけど、くやしいんです。変わりたいんです。あなたのように強くなりたい。あなたを見習ったら、ぼくも強くなれるかもしれない。ぼくを弟子にしてください!」

 ライオンはガバッと頭を下げた。

 ガゼルはぽかんとしたが、こいつが強くなればタイマン張れるな、と考えた。

「いいぜ。日の出に集合だ」

 ライオンは目をかがやかせて、「オス‼」と言った。


 よく朝。日がのぼり、ホロホロ鳥が鳴く。

 2匹は、アカシアの木の下でふたたび会った。

 一礼し、修業が始まる。

 ガゼルの修業はきびしく、さまざまな種類があった。

 木にパンチや体当たり。スクワット、マラソン。ジャングルでほふく前進、沼地で水泳。細い丸太をわたるバランスの訓練。太い丸太を引く特訓。

 修業は、日がしずむまでつづいた。

 大きな夕日が地平線にかかり、丸太を引いて走る2匹の影を、長くのばしていた。


 2匹は毎日修業をした。

 休憩中には、話をした。

 ガゼルはそっぽを向いているが、ライオンが話しかけると、ぼそぼそと返事をするのだった。


 ある日、ライオンがたずねた。

「師匠は、どうしてそんなに、戦う気マンマンなんですか?」

「言ったろ。にげるのがいやなんだよ」

「ガゼルは、おおぜいで群れて、いち早く敵に気づいてにげるのが、生きのこる作戦ですよね。にげることも、りっぱな作戦の1つだと思いますけど」

「群れる理由の本質は、にげおくれた1匹が食われる間に、ほかの全員がにげることだ。にげおくれるのは、足のおそい子どもや、ケガをして走れないやつだ。おれは、1番弱いやつを犠牲にするという、その根性が気に入らねえ。だから、にげたくねえ。戦ってたおしたいんだ」

 ライオンは、だまって聞いていた。

 しばらくして、ふとつぶやく。

「それで、いつも1匹でいるんですね。ぼく、てっきり、師匠もぼくとおなじで、仲間はずれにされているのかと……」

「はぶられてねえよ。いっしょにすんな」

「帰れば、群れがいるんですね」

「いや、1匹でねてる。草食動物は、群れないはぐれ者をこわがるんだよ。どいつも近づこうとしねえ」

「それ、はぶられてるってことじゃ……」

「はぶられてねえよ! おれがやつらをはぶいてるんだ」

「それって……いえ、なんでもないです」


 組み手のあとには、めずらしく、ガゼルが話しかけた。

「おまえ、ここに来る前もきたえてただろ?」

「どうしてわかるんですか? ずっと筋トレをしてました。少しでも強くなりたくて」

「体見りゃわかる。みごとな筋肉のつき方だ。流れるように動き、しなやかさもある。反射も動体視力もいい。もちろん場数は足りねえが、おまえよりでかいライオンとも、じゅうぶんわたり合える体を持ってるぜ」

「む、むりですよう。ぼくなんか、ミーアキャットにも負けますよ」

「気持ちの問題だな。ビビリさえなくせば、どんなやつにも勝てる」

「でも、ぼくは弱いから」

 ガゼルは、いつものそっけない様子ではなく、きっぱりと「おれは、おまえが弱いとは思わねえ」と言った。

「おまえは、きつい修行からにげなかった。何度も泣いたが、キバを食いしばって挑みつづけ、必ず最後までやりとげた。1日も休まず、おれについてきたんだ。おれは、おまえは、根っこのあるやつだと思う」

「じ、じじょゔ~!」

「なぜまた泣く⁉ 抱きつくな、ハナミズつけんな‼」


 いつしか、雨季と乾季が一回りしていた。

 修業は変わらずつづいている。

 水場への道で、ライオンがはなをぴくぴくさせ、しわをよせた。

「少し前に、よそのライオンがここを通ったようです。まだ近くにいるかもしれません」

「何匹だ?」

「2匹です」

「よし……」

(まさか、ケンカをしかける気じゃ……⁉ 師匠でも、2匹相手なんてムチャだ)

 ライオンが止めようとしたとき、ガゼルは

「にげるぞ」

と言い、さっさと走り去った。

「え、にげるの?」

 ぴゅーっと小さくなる背中を「ま、まってください〜」と追いかける。

 ガゼルは、遠くの水場で水をのんでいた。

「師匠、にげるのはいやだって言ってたじゃないですか」

「ライオン2匹には勝てねえ。勝てねえのに自分からしかけるのは、命のむだ打ちだろ」

「い、意外と冷静……」


 よく朝。

 夜明け前のうすやみの中、ライオンはアカシアの木に向かっていた。

 昨日とおなじにおいを感じ、ふり返る。

 あとをつけられている。

 走ってにげようとしても、ついてくる。

 いつのまにか、前からも1匹。

 ――はさまれた。

 ライオンは足を止めた。

(ぼくをねらっている……!)

 よその若いオスだった。黒っぽい毛なみをしている。

(群れを持たないライオンが、うちのなわばりをうばおうとしているんだ。それで、近くをうろついていたんだ。手はじめに、いちばん弱いオスであるぼくを、たおしにきたんだ)

 黒ライオンたちは、前後から、じりじりとせまってくる。

 戦いに足がすくんだ。

(ぼくは修行したんだ! 師匠のように強くなるんだ!)

 自分をふるい立たせ、ほえようとするも、声が出ない。

 動けないライオンに、黒ライオンたちが足を早めた……そのとき!

 竜巻のように、ガゼルのツノが、黒ライオンに突っこんだ。

 はなさきをかすめて、敵がよける。

 ガゼルは、そのままライオンの前にわりこみ、正面の黒ライオンにツノを突きつける。

 砂けむりがたなびく。

 ライオンは、見なれた背中を見て、声が出ていた。

「師匠⁉ どうしてここに⁉」

「ライオンどもが見えたから、やり合いに来たんだよ」

「相手が2匹のときは戦わないって……」

「まあな。でも、友だちのピンチは別だ」

 そう言うと、正面に突進した。

 ツメをふるう黒ライオンに、ツノを前後左右にさばく。

 ツメとツノが当たる音が、草原にひびく。

 ドリルのようなツノに、黒ライオンが後ずさっていく。

 しかし、うしろにいた黒ライオンがしのび足で、ガゼルの背後からおそいかかる。

「師匠うしろ‼」

 しゅんかん、ガゼルのキックがはじけた。

 一直線にのびたうしろ足が、飛びかかる敵のあごをくだいた。

 同時に、ツノが、正面の敵のひたいを切り裂く。

 黒ライオンたちは「お、おぼえてろよ!」と、しっぽを巻いてにげ帰った。


 ライオンが、ガゼルに歩みよる。

 ガゼルは下を向いてふるえていた。

「師匠? まさかケガでも……」

「ッッッシャ‼ シューティングスターラリアットが決まった! 百裂ツノ拳もきいたぜ!」

と、ツノで天を突き、ガッツポーズをした。興奮でうちふるえていたのだった。

 しかし、その口元からは血が流れていた。

「ケガしてますよ!」

「ああ、切られた。だがこんなのへっちゃらだ。なにしろ、ライオンに勝ったんだからな。へへっ、負けライオンの遠ぼえしてやがった」「い、いたくないんですか?」

「少しはいたいが、修行のきつさにくらべれば、なんでもねえ」

 ライオンはうなだれた。

「ぼくはなにもできなかった……ぼくはだめだ……ぼくは……」

 そして、草原を走り去ってしまった。

「お、おい!」

 ガゼルは、戦いのつかれで息があがり、追いつけなかった。前足で足ぶみをし、ライオンが消えたジャングルの方向を見つめていた。


 それから、ライオンは木の下に来なかった。

 ガゼルは1匹で修業をした。


 数日後の夜。

 ねどこに帰る途中、殺気を感じた。

 いやな予感がして走り出そうとしたが、それをはばむように、大型のライオンがすがたをあらわした。

 しかも、2、3、4……

 うしろからも来る……ぜんぶで10匹。

 みなオスで、黒っぽい毛なみだ。

「ボス! あのガゼルっす!」

「信じられんな。ガゼルはエサじゃねえか」

「あいつ、ただのガゼルじゃないんすよう」

「ガゼルはガゼルだろうが。冗談なら上出来だがな」

 ひくい声でグルルルと笑うと、子分たちがギャハギャハとさわぐ。

 ボスは、ひときわ大きく、黒いライオンだった。左目の大きな傷跡と、体中の無数の傷跡が、戦いの歴史を物語っている。

「ガゼルにやられたなんてうわさが流れると、おれたちのメンツが丸つぶれだ。サバンナ中ににらみがきかなくなる。身のほどを知らねえガゼルは、ケジメつけさせねえとな」

 どうやら、先日の仕返しらしい。

 四方をふさがれて、にげられない。

 ガゼルは、ブルルッとはなを鳴らした。

「ガゼル1匹に10匹でお出ましたあ、たいそうな出むかえじゃねえか。ガゼル冥利みょうりにつきるってもんだぜ」

 さすがにやべえな、と汗が流れる。

 ライオン10匹に勝てるわけがねえ。

 ――でもよ、それもいいじゃねえか。

 修行に明けくれた一生の最後に、うってつけの晴れ舞台だ。

 ライオン軍団相手にどれだけ戦えるのか、ヒヅメの跡をのこしてやるぜ。

「おれを食ってみろよ」

 メラメラと燃える目で、ボスをにらみつける。

 ボスが笑うのをやめた。

 そのとき。

 カミナリのような、ものすごいほえ声がとどろいた。

 イナズマのように、大きなけものが飛びこんできて、ガゼルのうしろに陣取った。

 背中同士を向けて、鏡合わせで立っている。

 黒ライオンたちは、奇妙な状況に、顔を見合わせる。

 ガゼルには、それが何者かは見えない。

 しかしにおいでわかった。

 前を向いたまま、話しかける。

「やれんのか?」

 彼も、前を向いたまま、さけんだ。

「ヴィクトリアの滝に打たれてきました‼ 弱い自分に打ち勝つために‼」

 ガゼルは「なんだそれ」と苦笑した。

「ジャングルのマントヒヒたちにからまれて、ケンカの場数もふえました!」

「まあ、きっかけはなんでもいいが。覚悟決めたんだな?」

「はい! だれかを傷つけると思うとこわいです。だから、ぼくは、友だちを守るために闘います‼」

 背後に、立ちのぼる闘志を感じる。

「……いい気合いだ。今のおまえなら、おれの背中をあずけられる。そんじゃ、行くぜ、あいぼう」

「オス‼」


 2匹は背中合わせで、世界をにらむ。

 そのまわりをぐるりと黒ライオン軍団がかこんでいる。

 黒ライオンたちが前足をふみ出す、直前。

 2匹は地面をけった。


 おしまい。

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