41~50話

41.チタンのマリア【SF】

 ある科学者は、喪失をおそれていた。

 彼が子どものころ、母と姉が死んだ。

 若いころには、戦争があり、たくさんの人がいなくなった。

 老いてからは、家族や友人たちが、ぞくぞくと先立った。

 彼は、なくならないものがほしかった。

 だから、死なないロボットを作り始めた。

 人生の最高傑作を生み出そうと、研究の全てをそそぎこんだ。


 老科学者は、外装に、チタン合金をえらんだ。

 地球上でもっとも強い金属だからだ。

 風雨にさらされてもちず、放射線をあびてもこわれない。

 核爆弾の爆発にも、たえる。

 完成したら、白銀色にかがやくだろう。


 形状は、成人男性よりひとまわり大きいほどの、円柱形。

 上部はドーム型に丸まり、仮面のような顔がついている。

 どこか、ミイラがねむるひつぎを思わせた。

 目にレンズ、鼻に臭気センサー、耳に集音マイクが内蔵されている。

 口部分のスピーカーからは、女性の声が流れる。

 ただし、チタン製の顔は、おだやかな表情を変えることはない。


 六本のアームは、ふだんは内部にしまわれている。

 足はなく、反重力装置により、少し浮いて移動する。


 内部装置は、自動で点検と修理をくり返す。

 人工知能も、自らアップデートしていく。

 動力は自然エネルギーであり、充電は不要。

 よって、半永久に作動が可能となった。


 完成させると、老科学者は死んだ。

 ロボットが看取みとる人間の、最初のひとりとなったのだった。


 ◇


 ロボットは、知識人や著名人が死ぬ前に、病床によばれるようになった。

 ベッドの横に立ち、話を聞く。

 人類にとって貴重な情報を録音し、後世に残すためだった。人類のための記録装置となったのだ。

 いつしか、海の近くの、ターミナル病院に設置された。

 そこは、お金持ちやえらい人が、最期のときを過ごすための特別な病院だった。

 年老いた事業家や、政府の要人や、いだいな学者などがたくさんいた。

 青い海を臨み、緑の丘にたつ、まっ白い建物。

 海のそばで潮風に吹かれたら、ふつうのロボットならサビてしまう。でも、このロボットは大丈夫なのだ――チタン合金製だから。


 ロボットは、知識人たちの枕元をおとずれ、知識を聞き、看取った。

 何人も、何十人も。


 ◇


 ある日、病院に配置されていた神父が、最期のときにロボットをよんだ。

 神父の仕事は、死にゆく人の懺悔ざんげを聞き、ゆるしをあたえることである。神父が死ぬときには、聞いてくれる人がいないため、ロボットをよんだ。

 懺悔をし、自分の人生のことを話した。神父も、話したかったし、だれかに覚えていてもらいたかったのだ。


 それから、ロボットが神父の代わりをつとめるようになった。赦しをあたえることはできないが、話を聞くことはできる。

 知識人だけでなく、死んでゆく全ての人の、枕元におもむくようになった。

 することは今までとだいたい同じ。

 ちがうのは、知識だけじゃなくて、人生のことを聞く。よろこびや、かなしみや、後悔や、星の時間のこと。

 付属の教会と控え室が、ロボットの部屋になった(今までは、仕事のない日や夜間は、資料室のすみでスリープモードになっていたのだ)。

 人々は、ロボットに心のよりどころを感じ始めた。

 心を持たず、表情を変えることのないロボットは、病院の職員や患者たちから、マリアとよばれるようになっていた。


 ◇


 ある日、ロボットは、車いすに座って海を見つめる子どもと出会った。

 緑の庭にひとりたたずむその子に、声をかけた。

 細く、白い男の子だった。

 お金持ちの子どもで、重い病気で入院していた。

 科学が発達したこの時代でも、治せない病気は依然として存在している。

 男の子は、近い未来に自分が死ぬことを知っていた。

 パパとママにも、お医者さまにも言えないことを、ロボットに話した。

「死んだら、ぼくがなくなっちゃうのがこわいんだ。ぼくが考えたことも、ぼくがいたことも、なんにもなかったことになっちゃうのが」

「わたしが覚えていますよ。わたしは半永久に作動しつづけます。わたしが覚えているかぎり、あなたの思考や、あなたが生きていたという事実は存在しつづけます」

「ありがとう」

 男の子はかすかにほほ笑み、それから首をかしげた。

「じゃあ、きみのことは、だれが覚えていてくれるの?」


 ロボットはきょをつかれた。

 これまで一度も考えたことがなかったのだ。

 この日をきっかけに、そのことについて考えるようになった。

 まるで思考に取りつかれたように、そればかり考えた。

 もし、自分の内部装置が永久に停止する日が来たら。

 だれが自分のことを覚えていてくれるのか?


 ◇


 考える日々の、ある夜。

 深夜、教会の控え室でスリープモードになっていたところ、物音で目が覚めた。

 なにか、いや、だれかが教会に侵入したようだ。

 物盗ものとりかと思い、確認に向かう。

 赤外線カメラが搭載されているため、明かりは必要ない。

 静音モーターをさらに静かに、ほとんど無音で移動する。


 教会は、光ファイバーのステンドグラスが星の光を通し、ほのかに明るい。

 中央のマリア像がシルエットとなってそびえ立っていた。


 ロボットは赤外線カメラをこらす。

 マリア像の下、台座の部分に身をかくして、だれかが座っている。

 若い男だ。

 見たことがないタイプの人間だった。

 派手な柄のシャツと、両うでのタトゥー。

 しかし今は、左うでから血を流し、右手でおさえている。

 あちこちが血と土でよごれ、息を切らしている。

 しきりに外を気にして、ロボットには気づいていない。

 うしろから、

「おけがをされているようですね」

と声をかけると、おどろいて叫びそうになり、あわてて口をつぐんだ。

 ふりむいて、小さな声で

「なんだ、てめえ!」

 とすごむ。

「マリアといいます」

「名前を聞いてんじゃねえけど……マリア?」

「この病院に設置されているロボットです」

「ふん、おどろかせがって。ロボット……金持ちの鉄くずか。マリアさまってツラかよ。ガキのころ、見せ物市で見た、鉄の乙女とかいうゴウモン器具みたいだぜ。おい、なにしてんだよ」

「おけがを確認しています」

 左うでをあらためると、銃で撃たれた傷のようだった。

「よかった。傷は浅く、弾丸もぬけています。しかし治療は必要です。さいわい、ここは病院ですから――」

 カチャリ、と男が銃をつきつけた。

「だれにも知らせるんじゃねえ」

「わたしに銃はききません。それより、興奮すると血が止まりませんよ。事情があるのなら、聞かせてください」

 男はにらんだまま、銃を下ろした。

 そして、しぶしぶと言葉を吐いた。

「おれァ鉄砲玉でよ」

「弾丸、ですか?」

 男はクッと笑い、緊張の糸がほぐれたのか、するすると話し始める。ロボットは、いつも死にゆく人の話を聞くときと同じく、集音マイクをかたむけた。

 男はマフィアの構成員で、兄貴分の指示により、敵対するマフィアの幹部を殺したという。追手に追われ、逃げている最中だった。

 国境を越えれば、金と成功が待っている、と言った。

「たのむ。さわぎを起こさないでくれ。追手に見つかったら、殺されるんだ」

「わかりました。では、せめて、応急処置をさせてください」

 ロボットは、基礎的な医療技術を持っている。内部から六本のアームと治療器具を出し、止血と縫合をする。

「解熱剤を注射しておきますね。少し発熱しています」

「……わりいな」

 男は、きれいに巻かれた包帯をまじまじと見ながら言った。

 マリア像の台座にもたれ、タバコをくわえる。ロボットが止めたが、かまわずに火をつけた。

「やっと一服できるぜ。走りっぱなしだったんだ」

都会まちから来たのですか」

「ああ。逃げきってみせるぜ。死にたくねえからな」

「人を殺したあなたでも、死ぬのがこわいのですね」

 ロボットはいつかの男の子のことを思い出し、

「死んでも、私が覚えていますよ」

と言った。

「じょうだんじゃねえ。おれは、死んだら、だれにも覚えていてほしくないね。きれいさっぱり忘れてもらいてえ。そのほうが、身軽に生きられるってもんよ」

 ロボットはおどろいた。何百人もの人間を看取っても、聞いたことのない言葉だった。

「わたしは、だれかに覚えていてほしいのです」

「はっ。鉄のかたまりが、ぜいたくなもんだな。そんなら、おれが覚えていてやるよ」

「あなたが?」

「おう。バカだけど、おまえのことくらい覚えてられるぜ」

「お気持ちはうれしいのですが、わたしは半永久に作動するのです。あなたのほうが先に死んでしまうでしょう?」

「死んだって覚えててやる」

「あなたの身体が消滅して、意識が消失したあとは、なにがわたしを覚えているのですか?」

「バカだからわかんねえけどよ。くたばったって、なくならないものもあるだろ。なんかでっかいもんだよ。そうだな、宇宙とか」

「……非科学的ですね」

 月がかげると、ロボットの顔に陰影ができ、うっすらと笑ったように見えた。


「あなたと話して、少し気持ちが晴れたようです」

「そうかよ。近ごろの鉄くずはごたいそうだな。死をこわがったり、なやんだりすんのか」

 男は、口は悪いが、人なつこくカラカラと笑った。


 タバコを吸い終え、休んだからと立ち上がる。

 ロボットは引き止めたが、夜のうちに国境を越えたいと出て行ってしまった。


 しばらくして、数回の破裂音が聞こえた。

 ロボットは、車のタイヤがパンクしたような音だと思った。

 それきり、静かな夜だった。


 おしまい。

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