31~40話

31.アシダカグモの幸せ

 ある屋根裏のすみっこに、アシダカグモが住んでいました。

 アシダカグモは巣をはらず、ニンゲンの家のすきまに住みます。昼間はすみかでねむり、夜になると、ほかの虫を狩りに出かけるのです。

 虫の世界では、狩りや食べ物集めをして生きるものが多いですが、このアシダカグモはちがいました。

 狩りではなく、なんでも屋をしていたのです。

 なんでも屋とは、よろず屋、便利屋ともいいます。家中をまわり、こまりごとをなんでも手伝って、お代に食べ物などをもらうのです。

 つまり、こまっている虫を助ける仕事です。

 彼はこの仕事が好きでした。いつも、

「だれかによろこんでもらえると、うれしくなる。だれかの幸せが、ぼくの幸せなんだ」

と言っていました。

 アシダカグモの奥さんは、少し自分勝手な性格でしたから、それを聞くと8つの目でにらみます。

「ほかの虫なんてどうでもいいじゃない。自分たちがいちばん大事よ」

 するとアシダカグモは、

「この子のためにも、りっぱなクモでありたいんだ」

と、幼いむすめをなでました。

 奥さんは、8本の足をすくめて、あきれてみせました。

「ハア……でも、それがあなたなんだから、しかたないわね」


 彼は心のやさしいクモで、えものであるはずのほかの虫とも仲がよく、なんでも屋ははんじょうしていました。

 今夜もお客さんたちをまわり、手伝いをして、食べ物をかせいでいました。

 オニグモの巣を直し、ヤスデの酒作りを手伝ったところで、キリギリスに会いました。

 キリギリスは、うしろ足が1本だけになっていました。

「どうしたんだい、キリギリスさん!」

「ニンゲンに取られちゃったんだよ。どうしよう。足がかたっぽしかないんじゃ、ジャンプができない。敵におそわれても、にげられないよ」

 キリギリスは、今にもたおれてしまいそうです。

 アシダカグモは、少し考えてから、言いました。

「……キリギリスさん。ぼくの足を1本あげるよ」

 キリギリスはおどろいて、ことわりました。でもアシダカグモは、

「いいよ、あげるよ。足が1本じゃこまるだろう」

と言って、いちばんうしろの足を持ち上げました。

「よしなよ、いたいだろう」

「ぼくらクモは、敵におそわれた時、自分で足を切ってにげることがあるんだ。とかげのしっぽとおなじ。だから、いたくないんだよ」

「じゃあ、また生えてくるの?」

「いいや。子グモのうちは生えるんだけど、ぼくはおとなだからもう生えない。でも、8本もあるから、1本くらいあげたって平気だよ。ほら」

 アシダカグモは、自分の足をはずし、キリギリスにわたしました。

「どうお礼をしたらいいか……本当にありがとう」

「役に立てたらそれでいいのさ。きみの助けになれることが、ぼくの幸せなんだから」

 キリギリスは新しい足をつけました。アシダカグモとわかれたあとも、そのすがたが見えなくなるまで、何度もお礼を言っていました。


 アシダカグモは、すみかに帰ると、奥さんにおこられました。

 でも、虫助けができたのでいい気分でした。いつもの言葉を言って、にこにこしました。奥さんも、いつものように、足をすくめてため息をつくのでした。


 つぎの夜から、小さな変化がありました。

 まず、キリギリスがたくさんのお礼の品を持ってきたこと。

 それから、足をあげたことが虫たちの話題になり、出会う虫たちにほめられることです。アシダカグモは、てれくさいけれど、少し得意な気分でした。

 そんなある夜、仕事に出ようとしたアシダカグモのすみかに、カマドウマがやってきました。

「なんでも屋くん。おれにも足をおくれよ」

「え……ぼくの仕事は、こまりごとの手伝いなんだけど……」

「キリギリスにやったんだろう。おれも足をなくしちまったんだ」

「う、うん、いいよ。まだ7本もあるからね」


 ほかの虫にもたのまれ、7本が6本になり、いつのまにか4本になりました。

 うわさでは「足がもらえる」とだけ広まったらしく、お代を持ってくる虫はいません。でも、アシダカグモは、お代を求めることはできませんでした。だって、みんなこまっていたのですから。

 足が4本までへると、歩くにもひと苦労です。

 そうなっても、足をうしなったカミキリムシの親子がおとずれて、足をくださいと頭を下げます。

「これ以上あげると、ぼくが歩けなくなってしまう」

「どうか、どうかお願いします。お父さんの命がかかっているんです」

 奥さんが止めても、アシダカグモは、たのみをことわれません。

「それなら……どうぞ。こまっている虫を、見すてられない」


 まもなく、アシダカグモの足は全てなくなり、すみかにうずくまりました。

 これでは仕事に行けないし、足をあげることもできません。もう虫たちの役に立てないと思いました。

 そこへ、小さな茶色い虫があらわれて、言いました。

「アシダカグモさんのおうちですか。体の一部をもらえると聞いて、やってきました。どうか、ぼくに目玉をください」

「目玉だって?」

「ぼくらは目がないんです。目玉をもらって、この世界を見てみたいんです」

「ごめんよ。目玉はあげてないんだ」

「そんな。とおい土の中から、旅をしてきたのに」

「それなら……どうぞ。8つもあるから、1つくらいあげたって平気だよ。だれかの役に立てるのは、うれしいからね」


 つぎの夜から、ミミズなどの目のない虫や、けがをして目をうしなった虫たちが、アシダカグモのすみかをたずねました。

 まもなく、アシダカグモの目玉は全てなくなりました。


 ふさふさの毛皮も、さむがっていたウスバカゲロウにあげてしまいました。

 アシダカグモは、歩くこともできず、目も見えず、いもむしのようにころがっていました。

 さむくて、ふるえが起こります。自分はもうじき死ぬのだろうとわかりました。

 温かいものが彼にふれ、抱き起こしました。

 それは、奥さんと幼いむすめでした。

 温かいしずくが、ぽたぽたとふりかかります。

 奥さんが、声をつまらせて、泣いていました。

「あなたとこの子がいれば、わたしは幸せだったのに。わたしの幸せは、あなたがいないと……」

 アシダカグモは、気がつきました。

 もう、大切な家族を見つめることも、抱きしめることもできないのだと。

 ――ぼくは、いちばん大切なものを見失っていた。なんておろかだったんだろう。ごめんよ……ごめんよ。

 声は出ず、かわりに、目玉がなくなった穴から、ひとすじの涙が流れました。

 そうして、アシダカグモは死にました。奥さんは、かたくかたく、なきがらを抱きしめつづけました。


 おしまい。

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