25.きつねのむこいり

 むかし、そそっかしいけど気のいいきつねがいました。

 きつねの住む山にはお稲荷いなりさまがあって、町の人々がお参りに来ます。

 おそなえの油あげやまんじゅうを食べようと、きつねはよく稲荷に行きました。

 人間たちを見ていると、まいばんお参りに来る娘がいることに気がつきました。

 その娘は、人々の中でいちばんみすぼらしい格好です。しかし願かけのためではなく、一日無事にすごせたことを、お稲荷さまに感謝しに来るのです。

 秋になり、夜はずいぶんと冷えますが、うすいあさの着物のままで、ぼろぼろのぞうりをはいています。

 ――おれはふかふかの毛皮があるから、冬でもあたたかだが、人間はさぞかし寒かろう。けれど、あの娘が寒そうなようすを見ると、なんだかおれまで寒いようだぞ。

 手を合わせる娘の指先が、寒さで赤くそまっているのを見ると、きつねのむねがぎゅうっといたみました。

 娘に恋をしていたのです。

 あの娘に、寒い思いをさせたくない。そう思いました。

 あたたかく暮らせるようにしてやりたいなあ。そうだ、人間に化けて、あの娘といっしょになろう。

 人間の世界では、ぜにがあれば、あたたかく暮らせるのだ。人間がおさいせん箱に入れているものだ。を変えても、もとにもどってしまうから、人間の仕事をして銭をかせごう。てはじめに、たんとかせいで、よめいりのしたくをするぞ。

 きつねはさっそく人間の男に化けてみました。何度も人間を見ていたので、うまく化けられました。人間の言葉もおぼえています。

 その晩、お参りに来た娘に、男のすがたで話しかけました。

「もうすぐ、おまえがこごえないようにしてやろう。待っておいで」


 つぎの朝、きつねは町に下りて、人間の仕事をしようとします。

 でも、きつねはきつねですから、人間の仕事はなにもわかりません。魚屋、大工、かじ屋、貸本かしほん屋、あめ屋、金魚屋……どこでも追い出されてしまいました。

 きつねはくたびれて、はらがへりました。

 はらぺこのきつねの目に、大好物の油あげが飛びこんで来ました。それは、とうふ屋の店先でした。きつねは、ならんでいる油あげやおからをばくばく食べてしまいました。

 店主が出て来てどなります。

「おい、なにしやがる! まあいいや、代金をおくんな」

 きつねはどなられて飛び上がりました。銭をわたそうにも、おどろくやらあせるやらで、木の葉を銭に変えられません。指の間から、木の葉がパラパラとこぼれました。

「なんだ、葉っぱなんかまいて。きつねみたいなやつだな。それより銭を出しとくれ。なに、持ってない? てめえ、食いにげか!」

 店主は大声でひとをよびました。きつねはおそろしくなって、にげ出しました。

 人々に追われ、きつねは風のように町をかけました。

 もう追手が見えないことに気づかず、あわてて山に飛びこみます。

 あんまりおびえたので、両手をつき、四つ足でかけていました。それにも気づかず必死で逃げていると、ズドンと大きな音がして、地面にたおされました。むねが焼けるようにいたみ、まっ赤にそまっていきます。鉄砲てっぽうでうたれたのです。

 猟師りょうしがかけてきて、たおれている人間の男を見て、青ざめました。

「すまねえ、きつねに見えたんだ!」

 猟師は何度もあやまりながら、手当てをはじめました。その手つきはあざやかで、きつねは、うでのいい猟師だと思いました。

 そして、最後の力をふりしぼって言いました。

「もういい。おれは死ぬ。肉やきもはおまえにやるから、たのみがある。山の稲荷に、まいばん来る娘がある。おれが死んだら、毛皮をえりまきにして、その娘にわたしてくれろ……」

 いきたえると、人間のすがたから、もとのきつねにもどりました。

 猟師はたいそうおどろきましたが、きつねの言ったとおりにしました。稲荷で娘を待ち、毛皮のえりまきをわたしたのです。

 娘は、先日の男はやはりお稲荷さまの化身けしんだったのだと思い、いっそうお稲荷さまに感謝しました。

 そして、えりまきを大切に使いました。それは、首だけでなく、うでやせなかまでをふかふかとおおいました。それから娘は、冬でもあたたかで、こごえることはありませんでした。

 ふしぎなのは、娘がえりまきを巻いていると、ときどき風もないのに毛なみがそよそよとなびくのです。人々は、「さすがお稲荷さまのえりまきだ」とありがたがったということです。


 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る