24.わちがい峠【残酷描写微】

 むかしむかし、東の大国に、悪い王がおりました。

 もともとは、かしこく正しい王でしたが、お酒とみだれた暮らしが、彼を変えてしまったのです。

 税金を水のように使い、戦でたくさんの血を流し、楽しみのために民を殺しました。

 王の治世ちせいを手伝う12人の宦官かんがんたちにも、止められないのでした。


 苦しみの中で、人々は、こんな王ではいけないと思いました。

 狂った王をつため、立ち上がった者がいました。

 森の盗賊団のおさをしている男でした。盗賊といっても、金持ちからぬすんで、まずしい者たちに分けあたえる義賊ぎぞくだったのです。


 兵士たちと市民たちは、彼を慕い、次の王にと望みました。

 しかし、男はためらいました。王宮には、たくさんの決まりごとがあるといいます。身分のひくい自分に、王の役目がつとまるだろうか。

 すると、宦官たちが後押しをしてくれました。


 ――われわれも

 ――王には困っているんだ

 ――きみに、次の王に

 ――なってほしい

 ――安心したまえ

 ――われわれは

 ――すべてわかっている

 ――われわれが

 ――すべて教えよう

 ――悪いようにはしない

 ――さあ、あるお方に引き合わせよう

 ――奥の間で待ちたまえ


 王宮内に、反乱の手引きをしてくれる人物がいるというのです。

 うすきぬの奥からあらわれたのは、なんと、王の娘――王宮の姫でした。

 王宮のお祭りで、いちど、遠くから見たことがあります。

 間近で見る姫の美しさに、ぼうっとなったのもつか、男はあわてて逃げ出そうとしました。手引きというのはうそで、反逆者としてとらえられると思ったのです。

 ところが、姫が言いました。

「手引きをするのは、わたくしです」

「あなたが? あなたは王の娘じゃありませんか」

「こんなに民を苦しめるなんて。あまりにひどい。父とはいえ、見すごせません」

「あなたは正しい人だ」

「ひとつ、たのみがあります。父の命は取らないでください」

「約束します」

 男は、3本の指を立てて、天と地と人に誓いました。

「わたくしと父は、ふたりだけの家族ですから、あなたが王になられたあとは、祖先のふるさとで、ひっそりと暮らそうと思います」

「わかりました。このおれが、送りとどけますよ」


 ふたりは、こっそり何度も会い、計画を立てていきました。

 姫はかしこく、反乱の計画ははかどりました。

 計画ができあがるころ、ふたりの間には愛が生まれていました。

 男は言いました。

「反乱が成功したら、おれとめおとになってください。おれは武芸しか知らないが、あなたがいてくれれば、いい治世ができると思うんだ」

 男は、5本の指を立てて、手のひらを姫に向けました。姫は、男の手のひらに、自分の手のひらをそっと重ね合わせました。

 宦官たちも後押ししてくれました。


 男は人々をひきいて王宮に攻め入りました。

 反乱は成功しました。

 めんみつな計画と、姫の手引きのおかげです。

 残念ながら、王は助かりませんでした。首を切って自死していたのです。

 姫は、血にそまった父を抱いて、涙を流しました。白いきぬの華服ホアフーは、真紅にそまりました。

 男が、約束を果たせなかったことをあやまると、姫は気丈にもほほえみました。

「これでよかったのかもしれません。きっと最後に正しい王にもどれたのですわ」


 そのとき、王室のとびらがひらきました。

 宦官たちと、それにしたがう兵士たちがぞろぞろと入ってきます。

 宦官のひとりが、姫を指さしました。

「その女をとらえろ。前王とその一族は、目をつぶして国外に追放するのが王宮の決まりなのだ」

「そんな! 聞いてないぞ!」

「王宮の決まりは、絶対だ」

「それなら王になんかならない。姫と逃げるさ」

「われわれには、王が必要なのだ」


 屈強な兵士たちが、ふたりを引きはなします。男が武芸にすぐれていても、相手があまりに多すぎました。

 ふたりは手をのばしたが、とどきませんでした。

 はがいじめにされた男の目の前で、姫の両目に焼けた鉄がおし当てられ、きぬをさくような悲鳴がひびきました。


 両目をつぶされた姫と、王の死体は、“わちがい峠”に運ばれました。

 わちがい峠は、国のいちばんはずれにあります。それは、草木の生えないはだかやまのてっぺんです。馬車や台車のがこわれると、人々は、この峠に捨てに来ます。ちがった(こわれた)輪を捨てる峠ですから、わちがい峠とよばれているのです。

 あたり一帯に車輪がつまれた様子は、小さなはだか山がいくつもあるようです。そのまん中に、枯れ木が1本立っています。

 そこに、前王の死体はつるされ、姫は放り出されるのでしょう。


 男は、いえ、新しい王は、そこに行くことはかないませんでした。

 式典につれ出されていたのです。

 きらびやかな服を着て、民の前でかんむりをかぶりました。

 愛する人を助けられなかった悲しみと、宦官たちへのにくしみと、これから王になるおそろしさで、体中がふるえていました。


 王の暮らしは、思い描いていたものとは、かけはなれていました。

 まつりごとは、宦官たちがすべてを決め、とりしきっていました。

 王とは、民の前に立つだけの、おかざりの役目だったのです。まるで、ひもでつられたあやつり人形です。そのほかには、遊ぶことしか許されていないのです。

 そんな日々の中で、姫への罪の気持ちがふくらんでいきました。


 王は、気がふさぐことが多くなりました。自らが反乱で王位についたので、反乱で王位をうばわれることをおそれました。家臣たちを疑うようになりました。しかし、相談できる姫はいないのです。

 宦官たちのまつりごとは、前の時代よりもひどいものになっていました。民を気にかけることをわすれた王は、気がつきません。しかし、教えてくれる姫はいないのです。

 王は、罪と疑いをまぎらわすために、酒や女のうたげにおぼれました。おそろしさで理性をうしない、家臣たちを処刑しました。しかし、止めてくれる姫はいないのです。

 宦官たちは、王にかくれて、兵士団の長と会うようになりました。


 とうとう、ふたたびの反乱が起こりました。

 指揮しきをとるのは、兵士団の長です。

 反乱は成功しました。

 王は、いえ、前王は、王宮の決まりどおりに両目をつぶされて、わちがい峠にうち捨てられました。下っぱの兵士が、せめてものなさけに、手につえをにぎらせてくれました。


 すべてが焼けつくような痛みです。まっくらで、昼か夜かもわかりません。男は、ずっとたおれていました。

 やがて、よろよろと、つえをたよりに歩き始めました。

 すぐに、なにかにぶつかってころびました。どうやら人にぶつかって、相手もころんだようです。あやまろうとすると、相手が言いました。

「すみません、だんな、このとおり目が見えないもので……」

「その声は⁈ あなたなのかい⁉︎」

「あ……あなた⁈ わたしを見ないで」

「見えないんだ。おれも目をつぶされたんだ……すまなかった。すまなかった……」

 男は、女にすまないと言って泣きました。

 女は、男がかわいそうだと言って、となりで泣きました。

 ふたりは地べたにすわったまま、ずうっと泣きつづけました。


 そして涙が枯れたら、手をつないで歩き出しました。もう、はなればなれにならないように。

 ふたりには見えない朝日が、ゆく先から昇りはじめていました。


 おしまい。

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