20.カモと堕天使

 むかしむかし、神さまは、おろかな人類を滅ぼそうと思いました。

 しかし、せっかく作った人類を滅ぼすのは、おしくもありました。

 のこすか滅ぼすかを決めるために、天使たちを下界につかわしました。天使たちは下界を飛びまわり、人間が善か悪かを探ります。


 そんな中、ある天使が人間の娘に恋をしました。

 天使は神さまも使命もすてて、娘と結婚しました。そのまま、娘の村で暮らしはじめました。

 天をくだった天使は、堕天使だてんしとよばれます。

 堕天は、神さまへのうらぎりです。仲間の天使たちはいきどおりました。

「天使のはじさらしめ。神さま、やつが天界にもどれないように、つばさをもぎ取りましょう」

「その必要はない。ほうっておくがよい。人間とともに下界で生きるうち、人間になりきって、飛び方を忘れてしまうのだから」


 数年が流れました。

 堕天使は畑しごとをして、人間として生きていました。

 妻との間に、ふたりの子どもが生まれました。子どもたちは父の正体を知らず、のびのびと育っています。

 毎日畑をたがやすのは、気持ちがいいものです。

 自分で小麦を作り、妻がパンを焼きます。村の人たちが、野菜をおすそわけしてくれます。そのどれもがおいしいのです。

 堕天使は、つつましくも幸せに暮らしていました。

 しごと終わりに、夕焼けに染まる村を見ると、思うのでした。

 人間には、悪い人もいるけれど、いい人もたくさんいる。醜いところもあるけれど、美しいところもたくさんある。神さまは、わかってくださったのだ。この村の親切な人たちや、美しい小麦畑を消しさるなんて、そんなことをなさるはずがないもの。


 ある休日、堕天使は子どもたちをつれて出かけました。

 妻のおじさんの牧場に、あひるを見に行くのです。

 あひるのむれは、低いさくの中で飼われています。子どもたちはかわいいと大よろこび。

 姉が牧場主にたずねます。

「とんでにげないの?」

「あひるは飛べないのさ」

 白いあひるのむれの中に、1羽の茶色い鳥がいます。弟が指さしました。

「あの、茶色い鳥もあひるなの?」

「あれはカモだよ」

「カモもとべないの?」

「カモは飛べるよ。でも、飛ばないようにする方法があるのさ」

「いたいことするの?」

 子どもたちが顔をくもらせると、牧場主は指をふりました。

「そんなことしないよ。もっとかんたんさ。ただ、あひるといっしょに飼うんだよ。あひるといるうちに、自分もあひるだと思っちまうのさ。飛べることを忘れて、飛べなくなるんだ。けだものはばかだからな」

 姉はうなずき、弟は首をかしげました。

 堕天使は、そんな子どもたちを、ほほえんで見守っていました。


 その夜中のことです。

 堕天使は、むなさわぎがして目を覚ましました。

 外に出ると、空の天井が真っ赤に染まっていました。

 堕天使は、神さまが結論を下したとさとりました。

 滅びの日が来たのです。

 神さまは、巨大な隕石いんせきを落として、人間を滅ぼすつもりでしょう。かつて、ふたつの都市を滅ぼしたように。

 しかし、と彼は思いました。わたしの大切な妻と子どもたちを死なせるものか。

 堕天使は家に入って、眠る妻と子どもたちのひたいに口づけました。

 ふたたび外に出ると、ねまきをぬいで、服の下にかくしていた、大きなつばさを広げました。

 真っ白なつばさは、真っ赤な空の下で、あかくかがやきました。

 堕天使はふわりと飛び立ちました。

 そして、真っ赤な空を目がけて一直線に飛んでいきました。

 目を覚ました幼いむすこが、まどからそれを見て、外に出ました。


 堕天使は飛びながら考えました。

 神さま。父なる神さま。あなたは、わたしが飛べなくなったとお思いでしょう。それはまちがいです。飛ぶ者が、飛び方を忘れることなどありません。愛する妻や子とともに生きるために、飛ばなかっただけなのです。その家族を守るために、わたしはふたたび飛ぶのです。


 堕天使はどんどん速く飛び、顔はひび割れ、くちびるが切れて血が流れました。空の上はひどく寒く、流れた血が凍ります。

 もっと速く速く飛び、つばさからは火が出ました。それでも、堕天使は飛びつづけました。

 その軌跡きせきは、まるでひとすじのほうき星のようでした。


 天からの隕石がせまります。

 堕天使の何十倍もの大きさの、炎の玉です。

 そこに、正面からぶつかりました。

 とてつもない速さでぶつかったので、隕石も、堕天使も、粉々にくだけ散りました。

 そのかけらは、天国に降りそそぎ、銀色の雲をつきやぶりました。隕石を放つ大砲もこわしました。

 天国は穴だらけで、めちゃめちゃです。

 天使たちはその修理に大いそがし。とうぶん、人類を滅ぼす用意はできそうにありません。神さまは、しかたなしに、ひるねをはじめました。


 下界では、かけらは無数の流れ星になりました。

 夜空をうめつくすほどの流星群です。

 あまりの明るさに、人々はみな起きて、「空が火事だ」「この世のおわりだ」とおびえました。

 ただひとり堕天使のむすこだけが、父の飛び去った軌跡を、しずかにながめていました。

 父の正体と、その行いについて考えながら、ずうっと、ながめていました。


 おしまい。

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