19.四つ辻の神さま
むかしむかし、ある若者が、
若者は羊飼いでした。
山奥のまずしい村に住んで、羊を放牧して暮らしていました。
しかし今日は羊たちをほうって、
羊飼いは、ほおづえをついて、自分のまずしさについて考えていました。
――ああ、ぼくはびんぼうだなあ。
それなのに、羊の世話をさぼっちまった。
どうにもはたらく気が起こらないんだ。
だって、一日中はたらいても、たいしたかせぎになりゃしない。
羊飼いは、恋人の顔を思い出しました。
――あの子は粉屋で、粉だらけになって、朝から晩まではたらいているが、給金はすずめのなみだじゃないか。
ぼくがはたらいて、羊毛を
それがわかっているから、ぼくは、はたらく気にならないんだ。
もともと、羊飼いははたらき者ではないのです。羊のブラシがけもさぼりがちです。それでも、このところ、とくにふさぎこんでいるのでした。
――この前に町に行ったときは、みじめだったな。
あの子に、町で花を買ってくると約束したのに、あんまり高価で買えなかったんだ。
町では、花1本があんなに高いなんて、知らなかった。
それで、帰りにこの四つ辻で、野花をつんで帰ったんだっけ。
あの子はよろこんでくれたけど、みっともなかったよ。
びんぼうってのは、いやなものだなあ。
スープは、野菜の切れはしだけ。
ランプもだんろも使えやしない。
ぼくは、一生びんぼうなのかなあ。
羊飼いは天をあおぎました。
太陽は空のてっぺんにのぼり、木々の影を短くしています。
羊飼いはまたうつむきました。
――ぼくもびんぼう暮らしだが、あの子は輪をかけてびんぼうだ。
ぼくは親が死んでからひとり暮らしだ。
でもあの子には、年老いた病の父親と、幼い
家族思いだから、お金をぜんぶ、父親の薬代や弟妹たちのくつ代に使っちまうんだ。
あの子と結婚しても、ふたりともびんぼうのままさ。
このまま、この村で、ずうっとびんぼう暮らし。
そう考えると、息が苦しくなっちまう。
むなしいなあ。
金持ちになりたいなあ。
この村を出て、町へ行けば、金もうけの機会もあるだろう。
村を出たいなあ。
このところ、村を出ることばかりが頭に浮かびます。
しかしそれは、恋人を捨てることです。
――金持ちになるために、あの子を捨てて町へ行くか。
あの子と結婚して、この村で羊を飼って暮らすか。
どちらかしか選べないんだ。
あの子はとってもいい子で、大好きさ。
でも、一生びんぼうで、はたらきづくめなんて、気がめいる。
ぜいたくをして、遊んで暮らしたいなあ。
あの子か、金か。
どちらを選べばいいんだろう。
切り株のうしろに、道しるべが立っています。
道しるべから、4本の矢印が出ています。
この四つ辻を東に行けば、元の村へ帰り、西に行けば、町につづくのです。
――ぼくは、どちらへ行くべきなんだろう。
だれか教えてくれたらなあ。
……なんて、そんなわけないか。
羊飼いは、はあとため息をつきました。
そのとき、頭上から声がしました。
「おまえの問いに答えてやろう」
顔を上げると、かたわらに、古めかしい礼服の老人が立っています。
服はうすよごれて、あちこちにツギが当たり、白い手袋はやぶれて、小指の先がのぞいています。
「あなたはだれですか。どうして、ぼくの考えがわかったんです」
「わしは神だ。おまえの問いに答えてやろう。ただし、死後、わしに魂をあずけると約束するならばだ」
羊飼いは考えました。
ぼくの考えを読むなんて、本当の神さまにちがいない。それに、ぼくは知っている。おとぎ話では、神さまや天使さまは、みすぼらしい
「なやみに答えてもらえて、死後は天国に行けるなんて、夢のようです。魂をあなたにあずけます。どうか、ぼくをみちびいてください」
「よかろう。町へ向かうのだ。さすれば、幸運にめぐまれるだろう」
老人はけむりとなって消え、羊飼いは「やはり神さまだったのだ」と思いました。
老人の言ったとおりに、町へ向かうことにしました。
羊たちも恋人も捨てて、四つ辻を西へ歩いていきました。
山道のとちゅうで、馬車が立ち
それは、町の商人の馬車でした。車輪がぬかるみにはまり、動けなくなっていたのです。
羊飼いが押すのを手伝うと、馬車は動き出しました。
商人は、お礼に、羊飼いをやとってくれました。
商店では、給金をはずんでくれました。
ある日、商店に、町いちばんのお金持ちがやってきました。
おやしきに人手が足りないというのです。
羊飼いは、おやしきではたらくことになりました。
給金がもっとふえました。
おやしきでは、だんなさまに気に入られ、娘のむこに望まれました。
娘はとても美しく、羽かざりのぼうしと、毛皮のコート、高級なおしろいをまとっています。針しごとひとつしませんでしたが、おやしきでは、それでいいのです。
羊飼いは、彼女の美しさとあかぬけた都会らしさに、夢中になりました。粉屋ではたらいて、ほっぺたに小麦粉をつけていたあの娘より、ずっといいと思いました。
羊飼いはお金持ちの娘と結婚し、またたく間に、町いちばんのお金持ちになりました。
神さまのおかげで幸せになれたと、心から感謝しました。
ところが、幸せは
お金を持ってからは、いつもお金のことが気になります。お金もうけにいそがしく、自由な時間はありません。
だれもがどろぼうに見えて、信じられず、心をゆるせる相手はいなくなりました。
妻は、着かざることにしか関心がなく、けんかがたえません。山育ちと都会育ちでは、話が合わないのです。夫婦の間には、冷たい風がふいていました。
いちばんつらいのは、捨ててきた恋人を思い出すことです。
あの娘についた小麦粉のにおいが、たまらなく恋しくなるのです。
――あの子にはひどいことをした。あの子と家族はどうしているだろうか。父親は、親切な人だった。弟妹たちはかわいかったなあ。
このところ、あの娘のことばかりが頭にうかびます。
羊飼いは、自分は不幸だと思いました。
まちがったことをしたと気づき、さけびました。
「ぼくは金に目がくらんで、大切なものを捨ててしまった。ぼくをそそのかしたあいつは神さまじゃない、悪魔だったんだ」
そのとたん、すべてがけむりになって消え、はじめの切り株にすわっていました。
太陽はかたむき、夕方になっています。
「ぼくは、ねていたのか?」
顔を上げると、かたわらに、あの老人が立っています。
羊飼いは、すべて老人が見せた夢だったとさとりました。
立ち上がって、両手で、老人の手をにぎりしめました。
「ありがとうございます、ぼくに大切なものを気づかせてくれて。あなたは本当に神さまだったんですね。これからぼくは一生けんめいはたらきます、あの子のために!」
羊飼いは恋人のもとへかけて行き、のこされた老人は、舌うちをしてつぶやきました。
「神さまだって。神さまなもんか。契約の時についたウソが見ぬかれると、悪魔の契約は無効になってしまうのだ。あのまま、幸せな夢を見せて、眠り死んだら魂をいただくつもりだったのに。
夢の中で大金持ちにしてやっても、幸せにならないとは。なんてぜいたくなんだ。このところ、そんなやつが多すぎる。おかげでおれさまは、商売あがったりだ。いまいましい人間どもめ」
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます