三日月は明日 満ちるのか欠けるのか
未来で彼が抱える後悔は朝倉さんの人生に陰を落としてしまったことで、想いを告げなかったことではないかもしれない。
でもここで彼女に―――――この時代では“モーションをかける”というらしい―――――それなんか超気恥ずかしいんだけど、でもそれができれば先生の今後の人生はもっと明るいものになりはしないか。僕はそう期待していた。
伝えに行くことにきっと意味がある。受け取ってもらえてもそうでなくても。出汁の在りかだって、有無ですら伝えなければ存在にも気が付いてもらえない。
「・・今度は何の話ですか」
「今朝の味噌汁の話です」
「 ・ ・ ・ ・ ・ 」
く だ ら な い
先生の顔にはそう書いてある。でも、それ以外にも何か書いてある。
今は11時20分になるかというところだった。先生には次の教習まで40分と昼休憩一時間の余裕がある。教習中だからその辺を練り歩いている教官は少ないだろう。
「・・・私が朝倉さんに好意を持っていると決めつけているような言い方ですね」
「うわあ、それ本当に言いそうなんですけど」
「言うでしょうね」
そう言って突っ撥ねられてしまうことも想定していた。そうであればそれまでだ。僕は引き下がるつもりだった。
人の気持ちが交差するのだ。わざわざ衝突しに行くのだから大事故が起きて当たり前である。ぶつけられた方はとんだ貰い事故になる―――だから朝倉さんの気持ちを考えると応えることのできない想いなんて、告げずに隠し通すことも思いやりだといえるかもしれない。
「あたかも断られるのが前提のようなお話の仕方をされますね」
「それもメッチャ言いそう」
だから何も、断られる恐れのある具体的な申し込みなんてすることはない。名刺をスマートに渡すだけでいい。
「おめでとうでも、さよなら元気でね、でもいいと思うんです」
でも、やっぱり。
真っ直ぐな気持ちを告げることで、朝倉さんの中で払拭される何かもあるのではないかと僕は信じている。
だから僕は熱弁を奮う。
「喜んでくれるかもしれないじゃないですか」
知らんけど。
誠心誠意を見せろ石田先生、彼女の為にも当たって砕けろよ。自分が傷付くリスクを知った上で真っすぐに伝えたなら、その気持ちに動かない心が何処にあるというのだ。朝倉さんはそういう機微には気が付ける人だろう。
先生だって僅かにあった会話の中で、彼女のそういうところにも魅力を感じたんじゃないのか。
石田先生が微かに頷いたように見えた。
そうだぞ、ちょっとでも動けばそこからなんだ。気が付いてもらうことは大事なんだから。それでも動かなければ次へ行け。知らんけど。
これは前回ぶち壊してしまった彼女の未来へ対して贖罪になりうるチャンスでもある。
頼むよ。僕にはそんな感情論しか思い浮かばなかった。しかも大部分が想像という名のハッタリだ。
「―――――自分の好意を、人に迷惑だと思われるのは怖いんです」
「―――――—――じゃあ先生は」
先生の素直な気持ちを聞けたことに僕は少し驚いた。でも、じゃあ先生は。
そうやって生きていくのか?僕がいた未来とは別の意味で後悔することになるんだぞ。そんなことは言わないけど。
前回のルートで石田先生は自分の気持ちを庇うばかりで、その一心で朝倉さんを閉じ込めて彼女の生涯に制限まで背負わせてしまった。周囲からの協力をその時は肯定に感じたことかもしれない。それも後悔に繋がっている筈だ。
「先生には未来を笑って過ごして欲しいんです」
じゃないと気難しすぎて気を遣うんだもん、それはもう全精力を擦り減らして。ただそうであっても僕はあなたを嫌いにはなれなかったから。笑っていて欲しいと願っている、少し先もずっと先の未来でも。
僕は先生を救いたい。
「それは片石さんのエゴですよね?」
「そうです。決めるのは先生です」
これは借り物の言葉だけれど。
先生が後悔しても僕は一向に困らないし。それが僕の本当の気持ちだ。
「でも邪魔をした分は応援も協力もしたいと思っています」
先生がまた鼻で笑う。
「片石さん」
「はい」
「自動車を運転するのは
「あっ」
やっぱりバレていたか。そんな気はしていた。
プロの目から見たら中型の癖なんかも隠せていなかっただろう。まあそこは留学していた設定が活きてくると信じて。変に言い繕うよりも想像してもらった方が良いことってあるんだよね。
「黙秘権を行使します」
「許可しましょう。・・・・・では」
「交換条件です」
そう言って石田先生はさっき僕にくれたのと同じ小さな紙をもう一枚取り出した。
「下を向いていてくださいますか」
「従います」
「一分ほど」
「はい」
僕は下を向いてぎゅっと目を閉じる。隣で先生が、ボールペンで今度はとても丁寧に何か書き込んでいるのがわかる。
「―――――感謝します」
静かに開けたドアを今度はバンッと音を立てて力強く閉める、その振動が伝わってきた。石田先生の決意の音が僕を震わせたのだ。
がんばれ
がんばれ
冷やかすような奴がいたら僕が抗議してやるよ。いいぜ、うちの課長を通してな!僕は下を向き目を閉じたまま両手の指を組み合わせている。
****** ****** ******
「お世話になりました」
朝倉さんが受付で挨拶するのを待っていた。受付の嬢たちも立ち上がって頭を下げる。これで彼女の学生生活は終わりだ。僕も明日には終えるだろう。胸がスースーする。懐かしいスース―だ。
「吉野先生、喋ったら気さくで面白い人だったよ」
「へえ、いい先生なんですね」
「そうだね、昨日部屋にゴキブリが出たんだって。食器用洗剤が一番効くって教えてくれた」
うわあ、それは気さく!てゆーかどんな話してんだよ。もっとこう、あるだろう。
「とんでもなく仲良くなりましたね」
「うん。もっと話してみたかったから残念」
内側の自動ドアが背後で閉まって、急に温度が下がったかのように感じた。ここへ通い始めた頃にはいっぱいだった傘立ては閑散としている。朝倉さんが石田先生のことについて話し始める気配は無い。
「寂しくなるなあ」
玄関を出て朝倉さんが呟いた。それな。
外側の自動ドアも閉まった。もう二人でアイスを買う日は来ないんだな。そういう季節になったのだとも思う。
僕にとっては早い夏の終わり―――秋晴れに浮かぶ昼下がりの三日月がなんか寂しくて、今の気持ちに空く穴とピッタリ重なった。明日にはもっと満ちているのかな、それとも欠けているのかな。どちらに向かっているだろう。
「夏海くん、筆記試験一緒に受けに行かない?」
「あ、行きましょう!」
今は噯にも出さないけれど、その時には石田先生ことを聞けるかもしれない。彼女から切り出さない限り僕からは追及しないでおこうと思う。
「それで来年さ、夏海くんが二十歳になったら乾杯しよう」
「―――はい!」
何気ない口約束は、この先どうなるだろう。反故になる未来だとしても僕は忘れないでいよう。朝倉さんとアイス仲間として過ごした冷たくて甘い、短かった思い出の日々を。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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